第268話
翌朝、リルドは窓の外で賑やかに鳴く小鳥たちの声で目を覚ました。ラッファードは枕元で、昨夜の「しぐれ煮」の香りの余韻に浸るように、静かな魔力を漂わせている。
「おはよう、ラッファード。今日もいい天気だね」
『うむ、おはよう。お主の寝相もようやく落ち着いてきたようだな。さあ、今日も街のために汗を流すとしよう』
リルドは持ち家の玄関先で、いつもの動物たちに「いってきます」と声をかけ、活気あふれるギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、そこは相変わらずの喧騒に包まれていた。
「おい! あの『牛肉のしぐれ煮』、家で作ってみたが全然味が違うんだよ!」
「当たり前だ、素材の切り方からして違うんだよ!」
そんな料理論争を横目に、リルドは掲示板の端にある、ひときわ地味な依頼を選んだ。
『薬草採取(高地産)』と『木の実採取(森の奥)』。
「今日は基本に立ち返って、採取の仕事にしよう」
高地で風に吹かれながら薬草を摘み、森の奥で熟した木の実を丁寧に集める。リルドにとって、自然と触れ合うこの時間は何よりの癒やしだった。
『……リルド、その蔓を見てみろ。非常に弾力があり、魔力の伝導率も高い。何かに使えそうだな』
リルドは言われるままに丈夫な蔓を数本束ね、自身の魔力を通してしなやかな「弦」を作り、予備の持ち手に結びつけて護身用の鞭を仕立てた。
その帰り道だった。森の開けた場所で、数人の冒険者が悲鳴を上げて逃げてくるのが見えた。
「助けてー! 巨大な『狂乱の土蜘蛛』だ! 糸に絡まったら最後だぞ!」
背後から巨大な蜘蛛が、粘着質の糸を吐き散らしながら迫ってくる。リルドは落ち着いて、先ほど作ったばかりの蔓の鞭を手に取った。
「……これ以上、暴れちゃダメだよ」
リルドが魔力を込めて鞭を振るうと、空気を切り裂く鋭い音が響き、鞭は生き物のように蜘蛛の脚を絡め取った。そのまま一気に引き絞り、電撃のような魔力を流し込むと、蜘蛛は一瞬で戦意を喪失し、その場に丸くなって黙り込んでしまった。
『……おお! 見事なしなり、そして容赦のない引き込み……! リルドよ、お主もしや、裏の顔は冷徹な「女王様」だったのか!?』
「(やめろ!! 変な呼び方しないでよ!)」
夕暮れ時、リルドは少し頬を赤らめながら(怒りで)ギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。薬草と木の実、持ってきたよ。あと、道の途中で蜘蛛を大人しくさせておいたから」
「おかえりなさい、リルドさん! 逃げてきた人たちが『女神のような手捌きの鞭使いに救われた』と大騒ぎしていましたよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「女神……? まあいいや、ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ、女王……いや、リルドよ。今日のお主の「しなり」は一生忘れぬぞ。さて、今夜は「女王様」の特製ディナーを期待しても良いかな?』
「(もう、一晩中鞘から出さないからね!)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、ラッファードのからかいを半分無視しながら、リルドは茜色の道を歩いていった。
万年Fランク冒険者の日常は、新たな異名(?)が加わりつつも、今日も賑やかに更けていく。




