第266話
翌朝、リルドは昨夜作った煮込み料理の残りを温め、朝食を済ませた。ラッファードは食卓の傍らで、昨夜読み耽った作家のサイン本を眺めるように静かに佇んでいる。
「おはよう、ラッファード。本、面白かったね。あの鏡のトリック、すごく綺麗に使われてた」
『うむ、おはよう。リルドよ、お主の知恵があの物語に命を吹き込んだのだ。……さあ、今日は霧も晴れて絶好の冒険日和だ。ギルドが主を待っておるぞ』
リルドが玄関を開けると、例の茶トラ猫と真っ白な鳩が仲良く並んで座っていた。異種の門番たちに見送られ、リルドは軽やかな足取りでギルドへ向かう。
ギルドの食堂は、朝から「物語」の感想戦と「食」の談義が入り乱れていた。
「聞いたか? あの温泉ミステリー、犯人が消えた瞬間の描写が最高なんだよ!」
「ああ! それより俺は、作中に出てきた**『特製鴨のロースト』が気になって仕方ねぇ。誰か再現してくれねぇか?」
「バカ言え、今は『大岩魚の塩焼き』**の季節だろ!」
賑やかな声を背に、リルドは掲示板の隅に貼られた、少し特殊な依頼書を見つけた。
『「響き石」の採掘と、音色の調律』
「音色の調律……また音楽関係かな? 受付さん、これ受けてもいい?」
受付さんは「はい、リルドさん! 街の時計塔の鐘を新調するそうで、その芯にする魔法鉱石が必要なんです」と微笑んで送り出してくれた。
街の裏山にある鍾乳洞。そこには叩くと美しい音色を放つ「響き石」が眠っている。リルドは「土魔法」を指先に纏わせ、石を傷つけないよう慎重に掘り出していく。
『……リルド、その左の脈だ。そこを軽く小突いてみろ。……ほう、なんとも澄んだ音だ。お主の魔力の波長と完璧に合っておるな』
リルドは掘り出した石を並べ、小刀の背で叩きながら音階を整えていく。その姿はまるで、大地の音を拾い集める調律師のようだった。
「……〜〜♪」
つい、昨日のように鼻歌が漏れる。すると、その超音波に近い「天性の歌声」に共鳴した響き石たちが、自らポロポロと不純物を剥がし、宝石のような輝きと共に極上の音色を奏で始めた。
『……リルド、よし。それ以上は歌うな。洞窟が崩落するか、石が砕け散る。今のが「至高の和音」だ』
夕暮れ時、リルドは布に包んだ響き石を抱えてギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。最高の音を出す石、見つけてきたよ」
「おかえりなさい! ……まあ、袋の中からまだ小さな鈴の音が聞こえるようです。これで時計塔の鐘は、今まで以上に街の人々を癒してくれるでしょうね。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。大地の声を聴き、街の音を整える。……今日のお主は、まさに「世界の調律師」であったな。さあ、今夜はあの本に載っていた「鴨のロースト」を、リルド流にアレンジして再現してみぬか?』
「(あはは、ラッファードも食いしん坊だなぁ。いいよ、やってみるね)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、明日から街に響くであろう新しい音色を想像しながら、リルドは茜色の道を歩いていった。
万年Fランク冒険者の日常は、大地の鼓動を優しさに変えながら、今日も穏やかに更けていく。




