第263話
翌朝、リルドが家の玄関の扉を開けると、そこには一羽の真っ白な鳩がちょこんと座っていた。鳩はリルドを見上げると、手紙を運ぶ使者のように一度だけ凛々しく鳴き、朝日の中へと羽ばたいていった。
「幸先がいいね。おはよう、ラッファード」
『うむ、おはよう。瑞鳥の訪れか。今日はまた、風雅な一日になりそうだな』
ギルドへ向かうと、食堂は相変わらずの賑わいを見せていた。
「おい、この香草焼きの香りを嗅いでみろ! 鼻に抜けるこの刺激が最高だぜ」
「いや、こっちのスモーク香草グリルの方が、旨味が凝縮されてる!」
冒険者たちが皿を囲んで熱弁を振るう中、リルドは掲示板の隅にある、ひときわ奇妙な依頼書に目を留めた。
『美しいわたしは鏡を見ているかのよう、でも真の美しさはきっと違うところにある、駿河のはてかな? それとも』
リルドはその依頼書を丁寧に剥がすと、受付さんのもとへ持っていった。
「受付さん、これ……また前の詩みたいな依頼の続きみたいなんだけど、受けてもいいかな?」
「あら、リルドさん。それは先日の『温室』を蘇らせたあなたへの、指名に近い依頼ですね。場所は街の北にある『鏡の湖』です。よろしくお願いしますね」
依頼場所の「鏡の湖」に到着すると、そこには水面が全く揺れない、文字通り巨大な鏡のような湖が広がっていた。だが、その中心には澱んだ魔力の渦が、美しさを遮るように漂っている。
『……リルド。あの詩は、表面的な美しさに惑わされず、その奥にある「本質」を清めよと言っておるのだ。お主の澄んだ魔力を、あの渦の核へ打ち込め』
「(本質……。うわべだけじゃない、本当の美しさだね)」
リルドは湖畔に立ち、静かに魔力を練り上げた。そして、水面に波紋を立てないよう、氷の針のような鋭く澄んだ魔力を放った。魔力が核に触れた瞬間、澱みは霧散し、湖底から数多のクリスタルが光を放ちながら浮上してきた。
それは湖そのものが「駿河のはて(絶景の極致)」を体現したかのような、幻想的な光景だった。
夕暮れ時、リルドはどこか清々しい表情でギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。鏡の湖を掃除してきたよ。とっても綺麗だった」
「おかえりなさい、リルドさん! 湖を管理している精霊から、浄化のお礼にと特別な雫が届いていますよ。この詩の依頼を完遂できるのは、やはりあなただけでしたね。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。目に見えぬ美しさを尊び、世界の汚れを払う。……今日のお主は、まさに聖域の守護者であった。さあ、今夜は我が家の「料理神」が作る、心まで美しくなる料理を頂こうではないか』
「(ふふ、今日はお野菜をたっぷり使ったポトフにするよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、湖の透明な輝きを心に残したまま、リルドは茜色の道を歩いていった。
万年Fランク冒険者の日常は、難解な言葉の裏にある真実を救い上げながら、今日も静かに、そして美しく更けていく。




