26話
翌朝、リルドはギルドの喧騒をBGMに、ゆったりとした動作で掲示板を眺めていた。
「今日はどれにしようかな。お散歩ついでにできる、のんびりしたのがいいな」
指先で依頼札をなぞりながら、彼は一枚の簡素な紙を手に取った。『街道沿いの魔導灯の点検』だ。派手さはないが、安全な街道を維持するための大切な仕事だ。
リルドはそれを受付へ持っていった。
「おはよう、受付さん。今日はこれをお願い」
「おはよう、リルドさん。点検ね。ランドケーブルの灯を補充するだけだから、散歩にはぴったりね。でも夜道には気をつけて」
街道に出ると、等間隔に設置された魔導灯が並んでいる。この灯には「ランドケーブル(大地の脈)」から引き出した魔力が込められており、その独特の輝きは魔獣が嫌って近寄らない性質を持っている。
リルドは一つ一つの灯に手を添え、魔力の流れを整えていく。
「よしよし、これで今日も旅人のみんなをしっかり守ってね」
彼が触れると、灯火はいつもより一層澄んだ光を放ち、街道を優しく照らし出した。
点検を終えての帰り道、街道から少し外れた草むらで、ガサガサと音がした。
様子を見に行くと、そこには一匹の「スウェアキャット」がうずくまっていた。三つの尻尾を持つ美しい魔獣だが、後ろ足を深く切っているようだ。
「おや、ひどい怪我だね。大丈夫かい?」
リルドが近づくと、スウェアキャットは耳を伏せ、鋭い牙を剥いて威嚇した。
「しゃーっ! ぐるる……!」
だが、リルドは怯むことなく、穏やかな微笑みを浮かべてしゃがみ込んだ。
「怖くないよ。ほら、このお薬を塗ればすぐに楽になるから」
リルドはポーチから、昨日採取した銀縁草で作った特製の軟膏を取り出し、魔法のように素早い手つきで傷口に塗布した。彼の指先から伝わる温かな魔力に、スウェアキャットの警戒心はみるみるうちに溶けていく。
「……なん、……にゃん」
さっきまでの猛々しい態度はどこへやら、スウェアキャットはリルドの手のひらに額をこすりつけ、甘えたような声を漏らした。
「よしよし、もう歩けるね。夜道は危ないから、気をつけるんだよ」
リルドが立ち上がると、スウェアキャットは名残惜しそうに一度振り返り、森の奥へと軽やかに消えていった。
夕闇が迫る頃、リルドはギルドに戻った。
「受付さん、点検終わったよ。どの灯もバッチリ光ってるから、今夜も安心だね」
「お疲れ様、リルドさん。あ、なんだか少し猫の毛がついているわよ? また途中で寄り道したのかしら」
受付嬢がクスクスと笑う。リルドは「まあね」とはぐらかし、報酬の銅貨を受け取った。
「さて、帰りに美味しいお魚でも買って帰ろうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰にも誇ることなく、小さな命を救いながら、穏やかに一日を終えるのだった。




