第257話
翌朝、小鳥のさえずりと窓から差し込む明るい日差しで、リルドはゆっくりと目を覚ました。腕の中には、まだほんのりと人肌の温もりが残ったラッファードがある。
「ふぁ……。おはよう、ラッファード。なんだか昨日の夜は、大きな温かいパンに抱きついてるみたいな、すごくいい夢を見たよ」
リルドが何気なく手を離すと、ラッファードは一瞬、力なくベッドの上に転がった。その刀身からは、いつもの凛とした覇気がどこか影を潜め、代わりに妙にそわそわとした、落ち着かない気配が漂っている。
『……お、おはよう、リルド。……パン、だと? 我をあろうことか食い物扱いした挙句、あんなに……あんなに力任せに……』
「え? 何か言った? なんだか今日、声が震えてるよ?」
『な、なんでもない! 我は至って冷静だ! 聖剣として、一点の曇りもない平常心だ! さあ、早く準備をしてギルドへ行くぞ。お主、寝癖が昨日の倍はひどいことになっておるからな!』
ラッファードは、昨夜の「抱き枕事件」で味わった、あの形容しがたい気恥ずかしさを必死に振り払おうとするかのように、いつもより威勢よく声を張り上げた。
ギルドへ到着すると、掲示板には春の訪れを祝う祭りの準備依頼が並んでいた。
『広場への花飾りの設置』と『祝祭用の薪の積み上げ』。
受付へ向かうと、受付さんはリルドの顔を見るなり、クスクスと笑いながら言った。
「おはようございます、リルドさん。なんだか今日はお肌がツヤツヤしているだけじゃなくて、雰囲気まで柔らかいですね。何か良いことでもありましたか?」
「えへへ、そうかな? たっぷり眠れたからかな。依頼、頑張ってくるね」
リルドが元気に広場へ向かう後ろで、鞘に収まったラッファードだけが、昨夜の記憶を反芻しては『うぐっ……』と小さなうめき声を漏らしていた。
広場では、リルドが魔法で生成した水のアーチに、色とりどりの花を編み込んでいく。
『……リルド、その左の蔦をもう少し締めろ。……そう、そこだ。……ふぅ。お主のその丁寧な指先が、昨夜は我を……いや、なんでもない! 作業に集中せよ!』
「(もう、さっきからラッファード、変だよ?)」
夕暮れ時、リルドは祭りの準備を完璧に終え、ギルドへ報告を済ませた。
「ただいま、受付さん。花も薪も、綺麗に並べてきたよ」
「おかえりなさい! 実行委員の皆さんが、リルドさんのセンスを絶賛していました。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード。今日は僕が夕飯作るね」
『うむ。……その、今夜は、寝る時は……いや、なんでもない。お主の好きにするが良い。……ふんっ』
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、少しだけ機嫌が良いのか悪いのかわからない相棒を連れて、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、聖剣のひそかな動揺をよそに、今日も穏やかに、そしてちょっぴり騒がしく更けていく。




