第252話
翌朝、リルドは昨日の時計塔の鐘の音に合わせたように、すっきりと目が覚めた。窓を開けると、春の柔らかな光が差し込み、ラッファードの鞘がキラリと反射する。
『おはようリルド。お主、寝癖まで時計の針のようにピンと立っておるぞ。……さて、今日はギルドの方で何やら少し変わった依頼が出ていると、風の噂で聞いたぞ』
「おはよう、ラッファード。あはは、本当だ、寝癖がすごい。……変わった依頼? 気になるね」
ギルドへ行くと、掲示板の中央に一枚の風変わりな羊皮紙があった。
『「記憶の花」の苗植え』と『噴水広場の歌唱演習への伴奏(拍手喝采)』。
受付へ行くと、受付さんは少し照れくさそうに説明してくれた。
「おはようございます、リルドさん。実は今日、街の音楽学校の生徒たちが初めての街頭ライブをするんです。ただ、観客が集まるか不安がっていて……。リルドさんには、盛り上げ役と、その後に彼らの成功を祝うための「記憶の花」を広場に植えてほしいんです」
「盛り上げ役……僕にできるかな? でも、頑張ってみるよ」
噴水広場に到着すると、緊張で顔をこわばらせた学生たちが楽器を抱えて立っていた。リルドはそっと彼らの輪に近づき、ラッファードのアドバイスに従って行動を開始した。
『……リルド、まずはリズムだ。お主の「土魔力」を足元に軽く響かせ、鼓動のような心地よい振動を地面に伝えろ。……よし、聴衆の足が止まったぞ。今だ、一番大きな拍手を送るのだ!』
リルドが笑顔で力強く拍手を送ると、釣られるように周囲の人々も集まり出し、大きな歓声が上がった。学生たちの演奏は次第に熱を帯び、広場は音楽と笑顔で溢れかえった。
ライブが最高潮のまま終わった後、リルドは広場の片隅に「記憶の花」の苗を丁寧に植えた。この花は、その場所で起きた「楽しい感情」を吸って、夜に淡い光を放つ不思議な花だ。
作業を終えた帰り道。学生たちが駆け寄ってきて、リルドの手を握った。
「ありがとうございます! あなたの拍手で、勇気が出ました!」
『……ふむ。お主が今日植えたのは花だけでなく、彼らの心への「自信」という種でもあったな。……見ろ、リルド。もう花が、彼らの喜びを吸って小さく輝き始めておるぞ』
夕暮れ時、リルドは心地よい高揚感と共にギルドへ戻った。
「ただいま、受付さん。ライブは大成功だったよ。お花も全部植えてきた」
「おかえりなさい! 生徒さんたちからさっきお礼の魔法メールが届きました。リルドさんの拍手は、魔法みたいに温かかったそうです。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。誰かの挑戦を支え、その喜びを花として残す。……今日のお主は、まさに「希望の庭師」であったな。さて、今夜は特に語る必要もなかろう。お主の心の中に、今日の歌声がまだ響いておるようだからな』
「(うん、まだ頭の中で音楽が鳴ってるよ。おやすみ、ラッファード)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、遠くから聞こえてくる学生たちの楽しげな声を背に聞きながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、誰かの「始まり」を優しく応援しながら、今日も静かに、そして華やかに更けていく。




