第251話
翌朝、温泉成分の影響か、リルドの肌はいつも以上にツヤツヤとしており、宿の主人からも「今日は一段と顔色がいいな」と声をかけられた。
『おはようリルド。お主、寝起きの顔がまるで剥きたてのゆで卵のようであったぞ。スライムたちに分け与えた魔力が、巡り巡って自分を癒やしたのだな』
「おはよう、ラッファード。本当だ、体がすごく軽いよ。今日も元気にいけそう!」
ギルドへ向かうと、掲示板には少し風変わりな、けれど生活に密着した依頼が並んでいた。
『時計塔の歯車への注油』と『迷い込んだ野良犬のブラッシング』。
受付へ行くと、受付さんは「リルドさんなら、この繊細な作業も安心してお任せできます」と、小さな油差しと、使い込まれたブラシを渡してくれた。
まずは街のシンボルである時計塔へ。
巨大な歯車が噛み合う中、リルドは「風魔法」で細かな埃を飛ばし、金属同士が擦れる場所に一点の狂いもなく油を注いでいく。
『……リルド、その三番目の歯車だ。わずかに軋む音がしておる。お主の魔力を油に混ぜて流し込め。……ふむ、音が消えたな。これで街の時は、また正しく刻まれる』
午後からは、広場のベンチにいた大きな野良犬の元へ。
最初は警戒していた犬も、リルドが優しく語りかけながら毛並みを整え始めると、すぐにゴロリと腹を見せて喉を鳴らした。
「(よしよし、毛玉が取れてスッキリしたね)」
ブラッシングを終える頃には、犬の毛は太陽の光を反射してキラキラと輝き、まるで貴族の飼い犬のような気品を漂わせていた。
作業を終えた帰り道。
ふと空を見上げると、昨日助けた「風読み鳥」が旋回し、リルドに挨拶するように一度だけ高く鳴いて飛び去っていった。
『……リルドよ。時計の針を正し、命ある者の身なりを整える。……お主が今日したことは、この世界の「秩序」を保つための尊い儀式のようであったぞ』
「(そんな大それたものじゃないよ。ただ、みんなが気持ちよく過ごせたらいいなって)」
夕暮れ時、リルドはギルドへ戻り、道具を返却した。
「ただいま、受付さん。時計も犬も、バッチリ綺麗になったよ」
「おかえりなさい、リルドさん! 時計塔の守番が『鐘の音が澄んだ気がする』と驚いていました。あの犬も、実は有名な旅人の連れだったらしくて、すごく感謝されていましたよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。時を刻み、縁を整える。……今日のお主も、この街に欠かせない「歯車」の一つとして、実に見事な働きであった。さて、今夜は特に昔話はせず、お主が刻んだ一日の余韻を静かに味わうとしよう』
「(うん、それがいいな。おやすみ、ラッファード)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、正しく刻まれる鐘の音を背に聞きながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、静かに、けれど確実に世界を動かしながら、今日も穏やかに更けていく。




