第249話
夕食を終え、ベッドに入ったリルドの横で、聖剣ラッファードが「コホン」と一つ咳払いのような音を立てた。
『リルドよ、昨日の話の続きだが……我(勇者)がかつて女装して魔王の城に潜入した時の話をせねばなるまい』
「(やっぱりやるのかよ……)」
『ちゃんとオチはあるのだ!……が、その、実はだな。あれは正面突破が難しかったゆえの隠密行動で……』
「どうせあれでしょ? 魔王様に見つかって、またお菓子談義になったんじゃないの?」
『……ッ!? な、なぜそれを!? お主、もしや未来を予視する魔法でも会得したのか!?』
「あはは、違うよ! 前回の話と繋がるかなーって思っただけ。図星だった?」
『……う、うむ。その通りだ。だが、その過程が大事なのだぞ!』
【回想:絶世の美女(?)潜入】
我は絹のドレスを纏い、顔をベールで隠して、魔王城の給仕係に紛れ込んだ。我の変装は完璧(だと自負していた)で、警備の魔物どもは鼻の下を伸ばして道を開けたものだ。
だが、魔王の私室、通称「団らんの間」に茶を運んだ際、最悪の事態が起きた。
我がお辞儀をした瞬間、ベールが卓の角に引っかかり、剥ぎ取られてしまったのだ。
魔王は茶を吹き出し、椅子から転げ落ちそうになった。
「おま……勇者! 何だその格好は!? 筋肉質な美少女だと思ったら、貴様ではないか!」
【回想:魔王の困惑と真実】
魔王は腹を抱えて笑い転げた後、涙を拭きながら我に問いかけた。
「おい、いくら我が菓子好きだからといって、そこまでして忍び込む必要があったのか? 貴様のその肩幅でドレスは無理があるだろう」
我は屈辱に震えながらも、堂々と答えた。
「……西の街で、新作の『薔薇のフィナンシェ』を手に入れたのだ。だが検問が厳しく、この姿でなければ城まで持ち込めなかったのだ!」
魔王は絶句した。
「……貴様、そのためだけに女装を? 勇者のプライドはどうした。……いや、その執念、天晴れだ。さあ、冷めぬうちにそのフィナンシェを出せ。茶の用意をさせよう」
【回想終了】
『……結局、その夜も朝まで新作菓子の批評会になった。我の女装のクオリティについては、その後百年は語り草にされたがな』
ラッファードが語り終えると、リルドは布団を被りながら「くすくす」と声を漏らして笑った。
「ふふっ……ラッファード、意外と無茶するんだね。でも、おかげで今日言われた『女の子』っていう言葉へのイライラも、なんだかどうでもよくなっちゃったよ」
『……ほう。そうか。お主が笑ってくれたのなら、我の黒歴史も少しは浮かばれるというものだ。良かった、良かった……』
ラッファードの声には、深い安堵の色が混じっていた。主人の機嫌を直そうと必死だった聖剣の健気さに、リルドはまた少しだけ笑って、目を閉じる。
「ありがとう。おやすみ、ラッファード」
『あぁ……おやすみ、リルド。明日のお主の夢が、甘い菓子に満ちたものでありますように』
月の光が部屋を優しく満たし、リルドの寝顔を見守るように、聖剣は静かにその輝きを抑えた。




