第248話
翌朝、リルドは昨夜の「冬を終わらせた一輪の花」の物語を思い返し、心の中に小さな火が灯ったような温かい気持ちでギルドへ向かった。
『おはようリルド。今日は少しばかり熱気の強い仕事があるようだな。お主の冷静な魔力が、荒ぶる火の力を鎮める助けとなるだろう』
「おはよう、ラッファード。火耐性の依頼だね、慎重にやるよ」
掲示板から選んだのは、特殊な調合依頼。
『「ドラゴン草」の採取』と、それを用いた『「火耐性ポーション」の作成』だ。
受付へ行くと、受付さんは「火傷には気をつけてくださいね」と火箸を渡してくれた。
「ドラゴン草は常に高熱を帯びています。火耐性ポーションの質が、火山地帯へ向かう冒険者たちの命を左右しますから、よろしくお願いします」
まずは、地熱の吹き出す岩場へと向かった。そこには龍の鱗のような形をした、赤く揺らめく「ドラゴン草」が群生していた。
『……リルド、焦るな。氷の魔力を指先に薄く纏わせ、草の熱を「受け流す」ように摘むのだ。……よし、その手つき、もはや熟練の調合師だな』
ギルドの錬金室に戻ると、リルドは採取した草を丁寧にすり潰し、純水と混ぜ合わせて魔力を流し込む。室内の温度がぐんぐんと上がる中、リルドは汗一つかかずに、透き通った紅色のポーションを完成させた。
その帰り道。
リルドが完遂した仕事の余韻に浸りながら歩いていると、通りかかった中堅冒険者のグループが、こちらをジロジロと見ながら小声で話し始めた。
「おい、見ろよ。あそこのFランク……あんなに肌が白くて華奢な『女の子』が、一人でドラゴン草の採取なんて危ねぇよな。誰か保護してやった方がいいんじゃねぇか?」
その言葉が、リルドの耳にハッキリと届いた。
普段は穏やかで、何を言われてもニコニコしているリルドだったが、こればかりは話が別だった。
「……え?」
ピキリ、とリルドの中で何かが弾けた。彼は無言で冒険者たちの前に立ちふさがると、地を這うような、しかし鋭く通る声で叫んだ。
「……俺は男だ、バカ野郎!! どこをどう見たら女の子に見えるんだよ!!」
その気迫に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。Bランク級の威圧感さえ漂わせるリルドの激怒に、冒険者たちは「ひ、ひぃぃっ! すんませんでしたぁ!」と脱兎のごとく逃げ出していった。
『……ふっ、はははは! 痛快なり! リルドよ、お主の咆哮、かつての火竜をも黙らせるほどの勢いであったぞ!』
「(もう……! ラッファード、笑い事じゃないよ! 僕は男なんだから!)」
夕暮れ時、まだ少し顔を膨らませたまま、リルドはギルドに戻った。
「ただいま、受付さん……。ドラゴン草と、火耐性ポーション、持ってきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……あら、なんだか今日は一段と凛々しいというか、少しお怒りですか?」
「……なんでもないよ。はい、これ、報告書」
「あ、ありがとうございます。……あ、逃げていった冒険者たちが『綺麗な死神に怒鳴られた』って震えていましたけど、心当たりはありませんか?」
「……。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。己の誇りを守るための戦い、実に見事であった。さて、今夜は……かつて勇者が「女装して魔王の城に潜入」し、最後まで男だとバレずに切り抜けた、お主にぴったりの(?)武勇伝を語ってやろう』
「(それ、絶対聞きたくない!!)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、まだ少し収まらない怒り(と気恥ずかしさ)を抱えながら、リルドは茜色の道を足早に歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、時には自分のアイデンティティをかけて激しく、そして賑やかに更けていく。




