第247話
翌朝、リルドは昨夜の林檎の話を思い出しながら、いつもより少し丁寧に自分の持ち物を手入れして宿を出た。
『おはようリルド。お主の指先から、昨日の林檎の甘い香りが微かに漂っておるな。心なしか、今日の街の空気も昨日より一段と柔らかい。……さあ、今日はどんな「当たり前の至宝」を探しに行こうか』
「おはよう、ラッファード。そうだね、特別な何かがなくても、今日も一日を大切に過ごそう」
ギルドへ向かうと、掲示板には春の訪れを感じさせるような依頼が並んでいた。
『街路樹の剪定手伝い』と『迷子になった「風読み鳥」の保護』。
受付へ行くと、受付さんは窓の外を眺めながら言った。
「リルドさん、おはようございます。街路樹が伸びすぎて、夜道が暗くなっている場所があるんです。それと、伝書鳩ならぬ『風読み鳥』が、強い春一番に煽られて近くの森で迷ってしまったらしくて……」
「わかった。道も空も、いつもの通りに整えてくるね。いってきます」
まずは大通りの街路樹へ。リルドは「風魔法」を薄く纏わせたハサミで、枝の成長を妨げないよう、光が差し込む隙間を作りながら丁寧に剪定していく。
『……リルド、その枝だ。それを残せば、夏には心地よい木陰ができる。お主の剪定は、ただ切るのではなく、木の「未来」を形作っておるな。……ふむ、美しい』
午後からは森の入り口へ。リルドが静かに口笛を吹くと、茂みの奥から怯えた様子の、羽が虹色に光る「風読み鳥」が顔を出した。リルドは昨日の林檎の欠片を少しだけ掌に乗せ、優しく呼びかける。
「怖くないよ。風が止むまで、僕と一緒にいよう」
鳥はリルドの肩に飛び乗り、安心したように小さく鳴いた。
作業を終えた帰り道。剪定した枝を抱えて歩いていると、広場で以前修繕した噴水の周りに、お年寄りたちが集まって日向ぼっこをしていた。
「おや、リルドさん。おかげで広場が明るくなったよ。ありがとうね」
「どういたしまして。風が気持ちいいですね」
『……ほう。お主が動くたびに、街の「詰まり」が取れていく。お主はまるで、この街を流れる清らかな風そのものだな』
夕暮れ時、リルドは保護した鳥を連れてギルドへ戻った。
「ただいま、受付さん。剪定も終わったし、風読み鳥も無事だよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ああ、良かった。この鳥がいないと明日の天気が占えなくて困っていたんです。街灯もよく見えるようになったと、警備隊からも感謝の声が届いていますよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。光を導き、迷い子を救う。……派手な魔法で天気を変えるより、風を読み、自然と共に歩む。それこそが真の知恵というものよ。さて、今夜は……かつて勇者が「終わらない冬」を終わらせるために、たった一輪の花を探し求めた時の話をしようか』
「(ふふ、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、剪定した木の清々しい香りを纏いながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、季節の変わり目を肌で感じながら、今日も静かに、そして軽やかに更けていく。




