第244話
夕食を済ませ、温かいお風呂で山の疲れと昼間の気恥ずかしさを洗い流したリルドは、清潔な寝巻きに身を包んでベッドに腰掛けた。枕元には、月光を浴びて静かに佇む聖剣ラッファードがある。
「ねぇ、ラッファード。さっき言っていた『勘違いから生まれた友情』の話、聞かせてくれる?」
『うむ、お主の火照った体も少し落ち着いたようだな。……あれは、我(勇者)が魔王城の最深部、玉座の間に辿り着いた時のことだ。世界中が、我らが血で血を洗う決戦を繰り広げていると信じて疑わなかった、あの日の真実をな』
【回想:緊迫(?)の玉座の間】
我は荒々しく扉を蹴り開けた。そこには、禍々しい角を持ち、漆黒の玉座に座る魔王の姿があった。
魔王は鋭い目伏せで我を睨み、恐ろしい声でこう言ったのだ。
「……貴様、持ってきたか? 我が待ち望んだ『例のブツ』を」
我は懐から、布に包まれた「平たい小箱」を取り出した。実は旅の途中で、魔王からの密書(と我は思っていた)を受け取っていたのだ。『決戦の前に、西の果ての銘菓を持参せよ』という内容をな。我はそれを「降伏の儀式か、あるいは毒見の試練」だと勘違いしていた。
だが、魔王は箱を開けるなり、子供のような声を上げた。
「これだ! この『黄金のタルト』! 期間限定でどこも売り切れだったのだ。勇者よ、よくぞ手に入れてくれた!」
【回想:お茶会への変貌】
実は、魔王が送った密書は「お取り寄せの注文書」を使い魔が間違えて勇者の元へ届けたものだったのだ。
魔王は我の殺気などどこ吹く風で、甲斐甲斐しく茶を淹れ始めた。
「貴様も座れ。このタルトはな、生地の焼き加減が命なのだ。戦いなどその後で良かろう?」
我は毒を警戒したが、一口食べたその味があまりに絶品で、つい戦意を忘れてしまった。
その後、我らは剣を交える代わりに、各地の美味しい銘菓の情報交換に花を咲かせたのだ。
「魔王よ、東の村の饅頭も捨てがたいぞ」
「ほう、それは初耳だ。勇者よ、次回の戦(茶会)ではそれを持参せよ」
世界が「伝説の死闘」に震えていた数時間、我らはただの甘味好きの友人として、腹が膨れるまで語り合っていたのだよ。
【回想終了】
『……結局、その後も我らは「戦い」と称しては密会し、菓子を食う仲になった。あの魔王が隠居して姿を消すまで、その友情(という名の食いしん坊仲間)は続いたのだ。……滑稽な話であろう?』
ラッファードの語り口はどこか懐かしげで、優しさに満ちていた。リルドはクスクスと笑いながら、ゆっくりと横になった。
「あはは、魔王様もラッファードも、お菓子に負けちゃったんだね。でも、なんだか素敵な勘違い。……今日もありがとう。おやすみ、ラッファード」
『うむ。世界を救うのは、時として鋭い剣よりも、一個の菓子であることもあるのだ。……おやすみ、リルド。よい夢を』
リルドの穏やかな寝息を聞きながら、ラッファードはかつて魔王と分け合ったタルトの甘い香りを思い出し、静かに眠りについた。
万年Fランク冒険者の夜は、歴史の裏側に隠された優しい真実と共に、ゆっくりと更けていく。




