第242話
翌朝、リルドは昨夜聞いた「深海の宴」の物語を思い返し、不思議と喉が渇いたような、爽やかな気分で目を覚ました。
『おはようリルド。今日は海から一転、清流のせせらぎがお主を呼んでおるぞ。お主の静かな気配は、警戒心の強い川の主を欺くにも最適だからな』
「おはよう、ラッファード。今日は美味しい川魚の依頼だね。頑張ってくるよ」
ギルドの掲示板から剥がしたのは、食卓を彩る二つの依頼。
『川の魚を釣り上げて(指定:銀鱗マス)』と『「大葉」の採取』。
受付へ持っていくと、受付さんはお腹を鳴らすような仕草をして笑った。
「おはようございます、リルドさん。今日は宿屋の夕食用の仕入れですね。銀鱗マスは今の時期が一番脂が乗っていて美味しいんです。添え物の大葉も、香りの良いものをよろしくお願いしますね」
「うん、新鮮なのを届けるね。いってきます」
街の北を流れる清流に到着すると、リルドは釣竿を構え、水面に意識を集中させた。
『……リルド、左の岩陰だ。銀色の影が走ったぞ。……今だ、お主の魔力を釣り糸に薄く這わせ、餌を本物の小魚のように躍らせてみろ』
ラッファードのアドバイス通り、リルドが絶妙なタイミングで竿を引くと、跳ねる水しぶきと共に、見事な銀鱗マスが次々と釣り上がった。魚たちはリルドの手の中でも暴れすぎず、まるで「美味しく食べてね」と諦めたように静かに横たわる。
その後、川沿いの湿地に群生する瑞々しい大葉を、一番香りの強い若い葉を選んで丁寧に摘み取った。
『……ふむ。この大葉の清涼感と、マスの脂。想像しただけで贅沢な献立よな。お主がこうして命の恵みを収穫する姿は、かつての勇者が野営で不器用そうに魚を焦がしていた姿とは正反対だ』
「(あはは、ラッファードの勇者様は、意外と料理は苦手だったんだね)」
夕暮れ時、リルドは籠いっぱいの獲物を抱えてギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。銀鱗マスと大葉、新鮮なのがたくさん獲れたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! わぁ、まだ魚が跳ねていますね! 大葉もすごく良い香り……。これなら今夜の宿屋は大繁盛間違いなしです。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。川の幸を獲り、街の食卓を豊かにする。……派手な魔法は使わずとも、お主の一日は確実に誰かの血肉となっておるのだな。さて、今夜は……かつて勇者が、伝説の巨魚を釣り上げようとして逆に湖へ引きずり込まれた、少しばかり情けない話をしようか』
「(ふふ、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、微かに残る川の匂いを感じながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、美味しい命の恵みを街へと運びながら、今日も静かに、そして幸せに更けていく。




