241話
翌朝、リルドは昨夜の「歌で動いた巨像」の物語のメロディを口ずさみながら、いつもより少し潮の香りがする掲示板の前へ立った。
『おはようリルド。今日は風が少し湿っておるな。海からの呼び声が聞こえるぞ。お主の清らかな魔力は、水辺での仕事にも向いておるからな』
「おはよう、ラッファード。本当だ、今日は港の方の依頼があるね」
掲示板から剥がしたのは、海岸沿いでの二つの仕事。
『「海トカゲ」の鱗拾い』と『「海の雫」の採取』。
受付へ持っていくと、受付さんは「あら、今日は海の方ですね」と潮風に目を細めるように笑った。
「海トカゲは脱皮の時期で、海岸に丈夫な鱗が落ちているはずです。海の雫は、引き潮の時にだけ岩場に残る、魔力を帯びた不思議な水球ですよ」
「うん、波に気をつけて行ってくるね。いってきます」
潮騒が響く海岸に到着すると、青い空と白い波しぶきがリルドを迎えた。
岩場の影を探すと、そこには美しいエメラルド色をした「海トカゲ」たちが日向ぼっこをしていた。彼らはリルドを見ても逃げることなく、むしろ「ここにあるよ」と言うように、脱皮したばかりの宝石のような鱗を尻尾で指し示した。
『……リルドよ。お主が歩くと、魔物たちが警戒を解くどころか、道案内までし始めるな。……ほう、あそこの岩の窪みを見ろ。太陽の光を反射して、プルプルと震える水塊がある。あれが「海の雫」だ』
リルドは波のタイミングを見極めながら、壊れやすい海の雫を専用の小瓶ですくい取っていく。海トカゲたちは、リルドが作業を終えるまで周囲の波を鎮めるように、不思議な踊りを踊ってくれていた。
帰り道、リルドの背負い袋からは、鱗が重なり合うカチカチという涼しげな音と、海の雫が放つ微かな清涼感が漂っていた。
『……ふむ。海トカゲの鱗は防具に、海の雫は高度な回復薬になる。お主が優しく拾い集めたこれらが、また誰かの命を守る盾となるのだな。……おや、お主の靴に小さな砂カニが紛れ込んでおるぞ。逃がしてやれ』
「(あはは、本当だ。バイバイ、お家へ帰りなよ)」
リルドが波打ち際にカニを返してやると、カニはハサミを振って海へと消えていった。
夕暮れ時、リルドは潮の香りを纏ってギルドへ戻った。
「ただいま、受付さん。海トカゲの鱗と、海の雫、綺麗な状態で取れたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! わぁ、この鱗……傷一つなくて、まるで磨き上げた宝飾品のようです。海の雫も、鮮度が最高ですね。錬金術師ギルドが飛び跳ねて喜びますよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。海からの贈り物を、丁寧に街へ届ける。……今日のお主は、海と陸を繋ぐ優しい使者であった。さて、今夜は、かつて勇者が「深海の民」と宴を共にした時の、少しばかり息苦しくも煌びやかな冒険談を語ってやろうか』
「(ふふ、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、水平線に沈む夕陽を背に、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、波の音と潮の香りに包まれながら、今日も静かに、そして豊かに更けていく。




