237話
翌朝、リルドは昨夜の「名もなき英雄たち」の物語に胸を打たれ、いつもより少し背筋を伸ばしてギルドへ向かった。
『おはようリルド。昨夜の話でお主の瞳に宿った光、まさに真の勇者のそれであったぞ。さあ、今日もその気高い心で、街に貢献しようではないか!』
「おはよう、ラッファード。大げさだよ。でも、今日も心を込めて頑張るよ」
掲示板を眺めると、今日は調合に関わる依頼が目に止まった。
『「岩陰草」の採取』と『特製「香料」の生成』。
受付へ持っていくと、受付さんは「お、今日は研究職のような依頼ですね」と微笑んだ。
「岩陰草は湿った岩場にしか生えない貴重な草です。香料の生成は、それを使って教会の儀式用の香を作る仕事になります。リルドさんなら、きっと繊細な香りに仕上げてくれるでしょう」
「うん。落ち着く香りにできるよう頑張るよ。いってきます」
まずは街の外れにある渓谷へ。リルドは冷たい飛沫を浴びながら、巨大な岩の裏側にひっそりと生える「岩陰草」を見つけた。
『……リルド、その草の根元だ。魔力が集中しておる。そこを傷つけぬよう、お主の優しい指先でそっと土を解いてやれ。……ふむ、完璧な状態で採取できたな』
その後、ギルドの錬金室で採取した草と数種類のハーブを合わせ、魔力でじっくりと加熱して「香料」へと変えていく。部屋の中には、深い森の夜明けを思わせるような、清涼感のある香りが満ちていった。
作業を終えた帰り道。いつもの茶店の前を通りかかると、以前少しだけ言葉を交わしたことのあるCランク冒険者の大男が座っていた。
「おう、Fランクのリルドじゃねぇか。今日も地味な仕事か? まぁ、座れよ。たまにはランクの垣根を超えて茶でも飲もうぜ」
「あ、お疲れ様です。ありがとうございます、ご一緒させてもらいますね」
リルドは少し緊張しながらも、彼と一緒に熱いお茶と茶菓子を囲んだ。Cランクの彼は、大型の魔物との戦いがいかに大変かを身振り手振りで語り、リルドはそれを感心しながら聞いた。
『……ふむ。Cランクともなればそれなりの腕だが、お主が昨日整えた「浄化石」や「魔除けの香」の恩恵を一番受けておるのは、実はこういう前線で戦う者たちなのだ。お互い様というわけだな』
「(そうだね。彼らが頑張れるように、僕も裏方を頑張らなきゃ)」
お茶を飲み終えると、彼は「またな! 仕事頑張れよ!」とリルドの背中を豪快に叩いて去っていった。
夕暮れ時、リルドは完成した香料を持ってギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。岩陰草の採取と、香料の生成、終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……わぁ、なんて素敵な香り……。これなら教会の神父様も、最高の儀式ができると喜んでくださいます。あ、Cランクの彼ともお茶をしていたんですってね? 彼は『あのFランクはいい目をしてる』って言っていましたよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。岩陰に咲く草を、誰かの心を癒やす香りに変え、猛き戦士とも言葉を交わす。……今日もお主は、この街の「調和」そのものであった。さて、今夜は……』
「(あはは、ラッファード。今夜は僕も少し、冒険者らしい夢が見られそうだよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、微かに服に残った香料の香りを纏いながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、ランクの枠を超えた小さな繋がりを育みながら、今日も穏やかに、そして誇り高く更けていく。




