236話
翌朝、リルドは昨日の肉の調達で余った端切れを、いつもの三毛猫に少しだけお裾分けしてからギルドへと向かった。
『おはようリルド。お主のおかげで、この街の空気はさらに澄み渡ったようだな。愚かな権力者が去り、人々の顔にもどこか安心の色が見える。……さて、今日も「正しい仕事」を探しに行こうか』
「おはよう、ラッファード。そうだね、今日も一つずつ丁寧にこなしていこう」
ギルドの掲示板には、まるでリルドを待っていたかのような、地味ながらも街の根幹を支える依頼が並んでいた。
『下水道の浄化石の交換』と『共有墓地の名もなき墓への献花』。
受付へ持っていくと、受付さんは深々と頭を下げた。
「リルドさん。あの一件以降、ギルド内部でも依頼の審査を厳格にすることに決まりました。今回の浄化石の交換も、不衛生な環境での作業になりますが……リルドさんなら、きっと隅々まで完璧にやってくださると信頼しています」
「任せて。見えない場所を綺麗にするのは、僕の得意分野だから。いってきます」
まずは街の地下を流れる水路へ。リルドは「光魔法」を灯し、魔力が枯渇して黒ずんだ浄化石を、瑞々しい青白さを放つ新しい石へと交換していく。
『……リルド、その接合部だ。わずかに隙間があると、そこから淀みが漏れ出すぞ。お主の魔力で、石と石の縁を滑らかに繋いでやれ。……ふむ、完璧だ。これでこの街の地下水は、また数十年は清らかさを保つだろう』
午後からは、身寄りのない人々が眠る共有墓地へ向かった。
そこには名前さえ刻まれていない、小さな石が並ぶ一角がある。リルドは持ってきた水でそれらを清め、野で摘んだばかりの花を一輪ずつ供え、静かに祈りを捧げた。
「(名前は分からなくても、みんながこの街を支えてきた仲間だよね)」
『……ああ。お主のような者がいれば、彼らも寂しくはあるまい。勇者と共に戦い散っていった名もなき兵士たちも、今の光景を見れば、きっと微笑むはずだ』
夕暮れ時、地下作業の汚れを落とし、少しだけ清々しい顔でギルドへ戻った。
「ただいま、受付さん。浄化石の交換も、お墓の献花も終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん! 地下水の流れが良くなったと、管理部が驚いていました。それと……お墓の花、風に乗って優しい香りがギルドまで届いている気がします。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。足元を清め、死者を弔う。……表舞台に立つことはなくとも、お主こそがこの街の真の礎よ。さて、今夜は……お主のような「名もなき者たち」がいかにして世界を影から救ったか、そんな秘話を語りたくなったな』
「(ふふ、聞かせてよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、浄化された水の流れる音を背に受けながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、誰の目にも止まらない場所を美しく整えながら、今日も誇り高く、静かに更けていく。




