234話
翌朝、リルドがギルドに顔を出すと、受付さんが明るい声で迎えてくれた。
「おはようございます、リルドさん! 昨日の街道の件、無事に解決したそうですよ。リルドさんの作った足止めのおかげで、被害も最小限で済んだそうです」
「それはよかった。みんな無事なら何よりだよ」
安堵したリルドが今日選んだのは、珍しく『討伐依頼』だった。
「(たまにはこういう仕事も受けておかないとね)」
目的地である小さな森の境界線に到着したリルドは、周囲を慎重に観察し始めた。しかし、いくら探しても凶暴な個体や、人間に害をなすような兆候が見当たらない。そこにいたのは、ただ静かに木の実を食べる小動物や、季節の移ろいを感じさせる虫たちだけだった。
「ねぇ、ラッファード。これってさ……依頼主、自分が動物とか魔物とか虫が出るのが嫌だから、適当な理由で依頼書出してないかな?」
『我も思った……。人間は、自らが嫌なことを正義の皮を被せて他人にさせることがあるからな』
「うん……でも今回のは依頼主の勝手なこじつけだろうね。でも、それが原因で特定の個体種が絶滅なんてことになったら、そっちの方がずっと可哀想だよ」
『お主はやはり優しいな……。力を持つ者が振るう「理不尽」に、お主は決して加担せぬか』
リルドは剣を振るうことなく、ただ静かに森の平穏をその目に焼き付けて街へ戻った。
ギルドに戻ったリルドは、報告書の代わりに受付さんへ真剣な面持ちで語りかけた。
「受付さん、この依頼については報告があります。討伐の必要はありません。それどころか、依頼主への調査が必要です」
受付さんは驚いて顔を上げた。リルドは静かに、しかし毅然とした口調で続けた。
「依頼主が、単に自分が動物や虫が嫌いだからという理由で、ストレス発散のために討伐を頼んでいないか。もし人間の勝手な都合で生態系が崩れ、絶滅の危機に追い込まれるようなことになれば、将来的に研究者や多方面から裁判を起こされる可能性だってあります。人間のエゴで、無実の命を奪うような依頼は受けるべきじゃないと思うんです」
ギルドの喧騒が、リルドの言葉に一瞬静まり返った。
『……左様。生態系への悪影響は巡り巡って人間に返る。それを重々理解させるべきだ。人間の勝手な行為で討伐を行うのは、冒険者の誇りにも、自然の理にも反するとな』
ラッファードも心の中で力強く同意する。受付さんはリルドの深い慈しみと、先を見据えた厳しい言葉を真摯に受け止め、何度も頷いた。
「分かりました、リルドさん。ギルドとしても依頼の内容を再精査し、依頼主への指導を含めて対応を検討します。……大切なことに気づかせてくれて、ありがとうございます」
「……ありがとう。分かってくれて嬉しいよ」
報酬の代わりに「正しい結果」を手に入れたリルドは、いつになく凛とした背中でギルドを後にした。
万年Fランク冒険者の日常は、時には組織の在り方さえも正しながら、命の重さを守る「真の守護者」として、今日も静かに更けていく。




