233話
翌朝、リルドは昨夜の静かな眠りのおかげで、すっきりと軽い体でギルドの門をくぐった。
『おはようリルド。今日は少しばかり空気が騒がしいな。掲示板の方、何か大きな動きがあるようだぞ』
「おはよう、ラッファード。本当だ、人が集まってるね」
掲示板には、いつもの雑用とは少し毛色の違う、街の防衛に関わる依頼が並んでいた。
『街道の魔物に対する一時的な「足止め」』と『監視用の「櫓」建設準備』。
「(足止めに、櫓……。なんだか物々しいね)」
受付へ持っていくと、受付さんは真剣な表情で地図を広げた。
「おはようございます、リルドさん。実は近隣の森で魔物の群れが活性化しておりまして、本格的な討伐隊が出るまでの間、街道に防衛線を張ることになったんです。リルドさんには、そのための足止め工作と、資材の運び込みをお願いします」
「わかった。街のみんなが困らないように、しっかりやってくるよ。いってきます」
依頼の場所である街道の分岐点に到着すると、そこには工兵隊の責任者が待っていた。
「おお、ギルドからの助っ人か。悪いが時間がない。この先の狭まった道に、魔物が通りにくいよう『泥の沼』を作って足止めをしてほしい。その間に、俺たちはあそこに櫓を組むための土台を作る」
リルドは頷き、さっそく作業に取り掛かった。
『……リルドよ。ただ泥を捏ねるだけでは芸がない。我の魔力を少し貸してやろう。粘り気を強め、一度踏み込んだら容易には抜けぬ「絶望の泥濘」に変えてやるのだ』
「(あはは、そこまで怖くなくていいけど……。でも、しっかり足止めできるように頑張るよ)」
リルドは「土魔力」と「水魔力」を絶妙に混ぜ合わせ、街道の一部を歩行困難な底なしの泥地へと変えていった。さらに、櫓の建設場所へ重い木材を次々と運び込み、建築の準備を完璧に整えた。
工兵隊の責任者は、リルドの素早い仕事ぶりに目を見張った。
「……ほう、ただのFランクだと思ったが、この泥の粘り気、それに一人でこの量の材木を……。助かったよ、おかげで予定より早く櫓が組めそうだ!」
夕暮れ時、泥で少し汚れた服を払いながら、リルドはギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。街道の足止め工作と、櫓の準備、全部終わったよ。工兵隊の人たちも喜んでくれた」
「おかえりなさい、リルドさん! 先ほど工兵隊から連絡がありました。『魔法使い並みの精密な泥工作だった』と絶賛していましたよ。これで討伐隊の到着まで時間が稼げます。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。派手な斬り合いだけが戦いではない。お主が作ったあの泥一つが、結果として多くの兵の命を救うことになるのだ。……おっと、今夜は昔話は無しだったな。静かに、お主の立てた手柄の余韻に浸るとしよう』
「(ふふ、ありがとう。今日はぐっすり眠れそうだよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、遠くに見える建設中の櫓のシルエットを背に、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、街を影から守る「確かな盾」となりながら、今日も静かに、そして誇らしく更けていく。




