230話
窓から差し込む光が、今日もリルドの頬を優しく叩いた。
『おはようリルド。昨夜の茶人の話、お主の夢にまで香っておったかな?』
「……おはよう、ラッファード。おかげで、すごく心が軽くなったよ」
身支度を整えて家を出ようと扉を開けると、足元で小さな「影」が動いた。そこには一匹の三毛猫が座っており、リルドを見上げて甘えた声を出す。
「にゃーん」
「あはは、おはよう。君も朝のお散歩かな?」
リルドは軽く目を細めて挨拶をし、心地よい予感と共にギルドへ向かった。
掲示板を眺めると、今日は少し技術を要する依頼が並んでいた。
『薬草採取』と『中和ポーションの作成と納品』。
「中和ポーションって、なんだっけ?」
リルドが首を傾げると、背中のラッファードが物知り顔で解説を始めた。
『ふむ。中和ポーションとはな……錬金術師が属性の違う素材を混ぜる時に、互いの反発を抑えるために使う補助的な薬だ。それ以外の用途ではまず使わぬ、地味だが欠かせぬ縁の下の力持ちのような存在よ』
「なるほど、僕みたいなFランクにはお似合いの仕事だね。やってみるよ」
受付で依頼を受け、リルドはいつものように森へと向かった。
まずは材料となる基本の薬草を丁寧に摘み取る。その後、ギルドの錬金室を借りて作業を開始した。
火と水、あるいは光と闇といった相反するエネルギーを繋ぎ止める「中和の滴」。リルドは魔力を極めてフラットな状態に保ち、一滴ずつ丁寧に調合していく。
『……リルド、その一滴だ。魔力を込めすぎず、抜きすぎず。……ほう、見事な透明度だ。お主の気質そのもののような、混じりけのない中和ポーションが完成したな』
作業を終えた帰り道、自宅の前を通ると、先ほどの猫がまだ日向ぼっこをしていた。リルドはそっと歩み寄り、その小さな頭を優しく撫でた。
「お待たせ。いい子にしてたね」
猫は喉をゴロゴロと鳴らし、リルドの手に頭をこすりつける。その温かさが、仕事の疲れを溶かしていくようだった。
夕暮れ時、リルドは完成した瓶を持ってギルドの窓口へ。
「ただいま、受付さん。薬草と中和ポーション、持ってきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! わぁ、このポーション……不純物が全くなくて、とても美しいです。これならどんな気難しい錬金術師さんも大喜びですよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろうか、ラッファード」
『うむ。相反するものを繋ぎ、小さな命を慈しむ。……今日のお主も、この街の「中和剤」のように皆を穏やかに繋いでおったな。さて、今夜は、かつて勇者が「火の精霊と氷の女王」の仲裁に入った時の、世にも奇妙な和解の物語でもしてやろうか』
「(あはは、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、猫の毛の柔らかさを指先に残しながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、目立たないけれど大切な役割を果たしながら、今日も静かに、そして温かく更けていく。




