227話
その夜、宿の小さな部屋で、リルドはコボルトからもらった銀の指輪を月明かりに透かしながら、ベッドに腰を下ろしていた。
「さて、今夜は、かつて地母神リメラが勇者に授けたとされる『黄金の指輪』にまつわる、古い愛の物語を語ってやろうか」
ラッファードが厳かな、それでいてどこか慈しむような声で提案する。
「是非とも聞かせてよ、ラッファード」
『あれは、まだこの世界に神々の声が直接届いていた頃の話だ……。リメラ様はある人間の騎士を深く愛され、その身を守るための加護として、自らの涙を固めた黄金の指輪を贈った。だが、その騎士は自らの命を賭して国を救う道を選び……』
静かに語られる伝説は、寄せては返す波のようにリルドの意識を心地よい眠りへと誘っていく。リルドは指輪をそっと机に置き、まどろみの中で呟いた。
「いつも、昔話を聞かせてくれてありがとう、ラッファード……おやすみ」
「……うむ。おやすみ、リルド」
数分もしないうちに、リルドの規則正しい寝息が部屋に満ちる。
すると、壁に立てかけられていた聖剣から、微かな光が漏れ出した。ラッファードは精神体のような淡い輝きとなり、静かにリルドの側へと寄っていく。
眠るリルドの顔をじっと見つめながら、ラッファードは心の中でだけ、誰にも届かない独白を漏らした。
『(リルド……お前は……もしや「ルミリア」の血を引く者なのだろうか? お主とルミリア様は、顔というか、その穏やかな面影が非常によく似ている……)』
ラッファードの記憶の奥底にある、美しくも悲劇的な王女の姿。
『(あの少女……かつての王家の正統なる血筋……エルメルダの姫、ルミリア様に……。いやいや、そんなはずはない。王家は数百年前に途絶えたはずだ。単なる他人の空似……そう、思い違いに過ぎぬはずだが……)』
それでも、リルドが時折見せる無意識の気品や、魔物さえも懐かせる透き通った魔力。それはかつての王族が持っていた「奇跡」の片鱗のようにも見えた。
『(……もし本当だとしたら、運命というのは皮肉なものだな)』
ラッファードはそれ以上語るのをやめ、愛用の持ち主を守るように光を収めた。窓の外では星が瞬き、街の喧騒も消えていく。
夜は深く、静かに更けていく。
明日の朝、リルドはまた「ただのFランク冒険者」として目覚める。彼の中に眠るかもしれない大きな宿命には、まだ誰も気づかないまま。




