226話
翌朝、リルドは昨夜の「伝説の神狼」の物語を思い出しながら、軽く背伸びをした。
『さて、リルドよ……準備はいいか。今日も街の平穏を、その小さな手で守りに行くとしよう。我もお主の背で、しっかりとその功績を見届けてやるからな!』
「……おはよう、ラッファード。今日も元気だね、いってきます」
ギルドの掲示板には、日常の温かみを感じさせる二つの依頼が並んでいた。
『宿屋の掃除・ベッドメイキング』と『地母神リメラの祈り』。
受付へ持っていくと、受付さんは書類をまとめながら優しく頷いた。
「おはようございます、リルドさん。宿屋の主人が腰を痛めて困っていたんです。それと『地母神リメラの祈り』は、大通りの壁画ですね。古いものですが、街の豊穣を願う大切な場所です。よろしくお願いします」
「うん、心を込めてやってくるよ。いってきます」
まずは近所の宿屋へ。リルドは魔法で微細な風を起こし、部屋の隅々の埃を飛ばしてから、シーツのシワ一つなく完璧にベッドを整えていく。
『……ふむ。お主のこの手際の良さ。かつて勇者が遠征先でテントを張る際、我の切っ先を使って無理やり杭を打っていたのとは大違いだ。……ああ、今思い出してもあの扱いは酷かった……』
「(あはは、ラッファードは大切にするからね)」
午後からは、大通りの壁画『地母神リメラ』の前に立った。色彩が褪せ、雨垂れの跡がついた壁画を、リルドは魔力を込めた洗浄水で丁寧に清め、祈りを捧げる。すると、描かれた女神の瞳がわずかに輝いたように見えた。
作業を終えた帰り道。路地裏を抜けて近道をしようとすると、小さな「コボルト」がひょこりと顔を出した。
そのコボルトは、リルドを見ると嬉しそうに尻尾を振り、懐から古びた、しかし美しい銀の指輪を取り出した。そして、それをリルドの手のひらにそっと置き、ぺこりと頭を下げて走り去っていった。
『……リルドよ。今のは……拾い物か、それとも奴の宝物か? 以前、森で罠にかかっていた同胞でも助けたか? お主という男は、ウルフのみならず亜人にまで貢物をもらうとは……まさに「隠れた王」だな』
「(そんなんじゃないよ。でも、きっと何かのお礼だね。大切に預かっておこう)」
夕暮れ時、リルドは不思議な指輪をポケットにしまい、ギルドへ戻った。
「ただいま、受付さん。宿の掃除も、壁画の清掃も終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん! 壁画が驚くほど鮮やかになったと、通りがかりの農家の人たちが感謝していましたよ。……あら、なんだか今日は一段と不思議な輝きを纏っていますね。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろうか、ラッファード」
『うむ。宿を整え、神を敬い、亜人と心を通わせる。……今日のお主は、徳を積みすぎて光り輝いておるぞ。さて、今夜は、かつて地母神リメラが勇者に授けたとされる「黄金の指輪」にまつわる、古い愛の物語を語ってやろうか』
「(うん、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、指輪の感触を指先で確かめながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、街の隅々にまで届く慈しみと、思いがけない小さな奇跡を拾い上げながら、今日も穏やかに更けていく。




