224話
翌朝、リルドは昨夜の「時の魔女」の物語の余韻を胸に、いつものように穏やかな足取りでギルドへ向かった。
掲示板を眺めていると、今日は水辺の静かな依頼が目に留まった。
『広場裏の池の魚の様子見』。
「(今日は、水辺で魚たちとゆっくり過ごそうかな)」
受付へ持っていくと、受付さんはにこやかに判を押してくれた。
「おはようございます、リルドさん。最近、池の魚たちが少し元気がなさそうだと近所の方が心配していたんです。餌のやりすぎか、水質の変化か……リルドさんの優しい目で見てきてあげてください」
「うん、様子を見てくるね。いってきます」
広場の裏手にある池は、木々に囲まれた静かな場所だった。リルドは池の縁に腰を下ろし、そっと水面に手を触れて「水魔力」を流し込んだ。
『……ふむ。リルドよ、水底に少しばかり古い木の葉が溜まって、魔力の流れを淀ませておるな。魚たちも息苦しそうだ。……案ずるな、我がお主の魔力を増幅させ、一気に浄化を助けてやろう』
「(ありがとう、ラッファード。……よし、みんな、今綺麗にしてあげるからね)」
リルドが丁寧に淀みを取り除くと、水は水晶のように透き通り、魚たちは嬉しそうに尾を振ってリルドの指先に集まってきた。
作業を終えた帰り道。森の小道を歩いていると、茂みがガサゴソと揺れた。
現れたのは、以前ゼリーを分けてもらったこともある、顔なじみのプルプルしたスライムだった。
そのスライムは、口(のような部分)に色とりどりの野花をくわえてリルドの足元に寄ってくると、それをポスンとリルドの靴の上に置いた。
『……ほう! リルド、これは「花束」ではないか。以前、お主が彼らを傷つけずに接したことへの、彼らなりの礼のつもりだろう。……お主という男は、魔物から愛の告白を受けるとは、罪な男よな』
「(あはは、告白じゃないよ。でも、ありがとう。すごく綺麗だね)」
リルドはしゃがみ込んでスライムの頭(?)を優しく撫でてから、大切そうにその小さな花束を抱えて歩き出した。
夕暮れ時、リルドはスライムからもらった花を胸に、ギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。池の掃除も終わったし、魚たちも元気に泳ぎ回っているよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……あら、そのお花、すごく素敵ですね。どうされたんですか?」
「帰り道で、友達からもらったんだ。……はい、報告書だよ」
「ふふ、リルドさんらしいですね。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。魚を救い、スライムと心を通わせる。……今日もお主の周りには、優しい風が吹いておったな。……さて、今夜はお主がもらったその花の名にちなんだ、かつて勇者が旅路で見つけた「決して枯れない花」の伝説を語ってやろう』
「(うん、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、スライムの花束を大切に抱えながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、小さな命からの感謝を受け取りながら、今日も穏やかに、幸せに更けていく。




