221話
翌朝、リルドは昨日の煤払いで少しだけ黒くなった指先を丁寧に洗い、清々しい気持ちでギルドの扉を開けた。
掲示板を眺めていると、今日は少し変わった組み合わせの依頼が並んでいた。
『ギルド図書室の目録作成』と『薬草園の害虫退避』。
「(今日は知識と自然に触れる日だね)」
受付へ持っていくと、受付さんは「リルドさんらしいチョイスですね」と目を細めた。
「図書室の目録は、先日整理していただいた古書たちを正式に記録する作業です。薬草園の方は、殺虫するのではなく、強い香りで虫を遠ざける『虫除け香』を焚く仕事になります」
「うん、本も薬草も傷つけたくないからね。いってきます」
まずはギルドの図書室へ。先日整理したばかりの地下書庫とは違い、ここは現役の冒険者たちも利用する場所だ。リルドは一冊ずつ背表紙を確認し、丁寧に羊皮紙へ記録していく。
『……リルドよ。その「北方の植物図鑑」、よく見ると記述が少し古いな。お主が昨日見た薬草の知識を注釈に書き加えておけ。それが未来の冒険者を救うことになる』
「(勝手に書き込むのは良くないけど、付箋にメモして挟んでおくよ。その方が親切だね)」
午後からはギルド裏の薬草園へ。リルドは乾燥させたハーブと魔石の粉を混ぜ合わせ、特製の「虫除け香」を作った。それを園内の四隅で焚くと、淡い紫色の煙が広がり、薬草を食べていた虫たちが次々と森の方へと飛び去っていった。
『ふむ。魔力を乗せた煙が、まるで生き物のように薬草を避けて流れておる。お主の魔力制御は、相変わらず無駄がないな。……さて、この香りに包まれながら、我も少しばかり「瞑想」の真似事でもするとしよう』
夕暮れ時、リルドは完成した目録と、空になった香皿を持ってギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。目録、最新の情報を添えて書き上げておいたよ。薬草園も、これで一安心だと思う」
「おかえりなさい、リルドさん! 目録のメモ、司書さんが『痒い所に手が届く補足だ』と感動していました。薬草園も、ハーブの香りが引き立ってとても良い雰囲気です。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。記録を遺し、命を慈しむ。……お主という男は、一日のうちにどれだけの「徳」を積めば気が済むのだ。……今夜は、かつての勇者が記した「伝説の冒険日誌」には書かれなかった、くだらない旅の失敗談でも話してやろう。お主の目録よりは役に立たんかもしれんがな』
「(あはは、楽しみにしてるよ)」
報酬の銅貨を握りしめ、秋の夜風を感じながら、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、知識を繋ぎ、生命を尊重しながら、今日も穏やかに、そして誇り高く更けていく。




