219話
翌朝、リルドは昨日の「モナドの墓」でのしんみりとした空気を引きずることなく、いつものように穏やかな顔でギルドの扉を叩いた。
掲示板には、昨日と同様にどこか歴史の重みを感じさせる依頼が二つ並んでいた。
『「エスメラルダの瞳」の輝きを取り戻せ』と『「エミリアの墓標」の供花』。
「(今日も、誰かの想いに触れる仕事になりそうだね)」
受付へ持っていくと、受付さんは驚いたように目を丸くした。
「リルドさん、昨日から珍しい依頼ばかり選ばれますね。『エスメラルダの瞳』は、ギルドの奥座敷にある巨大な魔導水晶の通称なんです。そして『エミリアの墓標』は、街の教会裏にある、かつての聖女様の眠る場所です」
「うん、大切にしてくるよ」
まずはギルドの最奥、厳重な結界に守られた部屋へ。そこには、深海のように青く輝く巨大な水晶「エスメラルダの瞳」が鎮座していた。
『……ほう、これは見事な。かつてのエルフの女王、エスメラルダの魔力を宿したと言われる宝玉か。リルド、表面に溜まった魔力の澱を、お主の清らかな魔力で洗い流してやれ』
「(わかった。……綺麗だね、吸い込まれそうだよ)」
リルドが細心の注意を払いながら、魔力の布で表面を磨き上げると、水晶は本来の鮮烈な輝きを取り戻し、ギルド全体を包む防護結界の出力が安定した。
午後からは教会の裏庭、木漏れ日が揺れる静かな一角にある「エミリアの墓標」へ。そこには白百合を象った美しい石碑があった。
『……エミリア。お主も知っておるか、リルド。彼女は我(勇者)がかつて命を懸けて守った、最初の聖女だ。彼女の祈りが、どれほど多くの民を救ったことか……』
ラッファードの声はどこか慈愛に満ちていた。リルドは野に咲く瑞々しい花を摘み、石碑の前に丁寧に供え、静かに手を合わせた。
夕暮れ時、リルドはどこか優しい光を纏ったような足取りでギルドに戻った。
「ただいま、受付さん。水晶の掃除も、お墓への供花も済ませてきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! 水晶が輝きを取り戻したおかげで、街を覆う結界の音が心地よく響いています。教会の神父様も、エミリア様が喜んでいるはずだと仰っていましたよ。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……帰ろう、ラッファード」
『うむ。かつての戦友や愛した者たちが、お主の手によって再び輝き、癒される……。これほど嬉しいことはない。……さて、今夜は、聖女エミリアがいかに美しい歌声を持って、荒れ狂う竜をも鎮めたか……そんな話をしようか』
「(うん、聴きたいな)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは夕闇に包まれる街を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、遥か昔の英雄たちの想いを現代に繋ぎながら、今日も静かに、そして温かく更けていく。




