216話
翌朝、リルドは昨夜の銀貨で買った少し上等なパンを齧りながら、窓の外を見つめていた。
『リルドよ、昨日の銀貨の輝きは、お主の誠実さが形になったようなものだったな。今朝のお主は、どこか「導き手」としての風格さえ漂っておるぞ。……いや、やはりいつもの「可愛いリルド」であることには変わりないがな!』
「……おはよう、ラッファード。昨日のは、ただ運が良かっただけだよ。さあ、今日もいつもの仕事をしよう」
少しだけ誇らしげな聖剣と共に、リルドはギルドへと向かった。
ギルドに入ると、昨日指導した新米たちが掲示板の前で元気に挨拶をくれた。
「おはようございます、リルド先輩!」
「あ、おはよう。今日も頑張ってね」
彼らの眩しい笑顔を背に、リルドはいつもの隅っこから依頼書を剥がした。
『ギルド倉庫の防虫・防カビ魔法陣の再描画』。
受付へ持っていくと、受付さんは書類を受け取りながら小声で囁いた。
「昨日の指導、ギルドマスターも高く評価していましたよ。この倉庫のメンテナンスは、細かい魔力操作が必要な重要案件なんです。リルドさんなら、完璧にこなしてくれると信じています」
「ありがとう。……目立たないように、丁寧にやるよ」
薄暗い倉庫の中、リルドは床に膝をつき、古い魔法陣を指先でなぞりながら修復していく。
『……ふむ。この術式、基礎に忠実だが少し古臭いな。リルド、そこに少しだけ我の魔力を混ぜておけ。防カビどころか、百年は腐らぬ「聖域」に変えてやろうではないか』
「(そんなことしたら、また目立っちゃうでしょ。適度にするのが一番だよ)」
リルドはラッファードの助言をほどよく聞き流しながら、極めて精密な「魔力浸透」で、見えないカビの胞子まで一掃していく。その作業は、まるで繊細な刺繍を施す職人のようだった。
夕暮れ時、作業を終えて倉庫を出ると、空気の「重さ」がすっかり消えていた。
「ただいま、受付さん。倉庫の魔法陣、全部描き直しておいたよ。空気も入れ替えておいたから、当分は大丈夫だと思う」
「おかえりなさい! ……あら、倉庫の方から清涼な風が流れてきますね。流石です、リルドさん。はい、こちら報酬の銅貨です。……あ、それと、これ。マスターから『昨日の銀貨の残りのお礼だ』って、高級な魔法オイルを預かっています。ラッファードさんの手入れに使ってください」
「わぁ……。よかったね、ラッファード」
『ほう! マスターとやら、なかなか分かっておるではないか。リルドよ、今夜は一段と気合を入れて我を磨くが良いぞ!』
報酬の銅貨と、黄金色のオイルを手に、リルドは帰路につく。
「さて、僕も今夜は、磨き上げられた倉庫の清潔な香りを思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者が愛用していた、伝説の武具手入れ道具』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、目立たない裏方の仕事で街の歴史を守りながら、今日も静かに更けていく。




