214話
翌朝、リルドは少し早めにギルドへ向かった。掲示板を眺めていると、珍しく静かな依頼を見つけた。
『図書館の古書整理と虫干しの手伝い』
「(今日は静かに本に囲まれるのもいいな……)」
受付へ持っていくと、受付さんは「あ、その依頼ですね」と少し心配そうに言った。
「図書館の地下書庫はかなり埃っぽいですし、古い魔法文字で書かれた本も多いので、普通の冒険者さんには敬遠されがちなんです。リルドさんなら、丁寧にお仕事してくださるから安心です」
「うん。本は好きだから大丈夫。いってきます」
街の端にある歴史ある図書館の地下。ひんやりとした空気の中に、古い紙とインクの香りが漂っている。
リルドが古書の一冊一冊を丁寧に扱い、埃を払っていたその時だった。
『……! リルド、ちょっと待て。その棚の、奥から三番目の本……それを見せてくれぬか』
ラッファードが、いつもより低く、どこか震えるような声で言った。リルドがその茶色く変色した写本を手に取ると、ラッファードが深いため息のような念話を漏らした。
『……懐かしい。これは我、いや、我がまだ人間……勇者としてこの地を歩んでいた頃、よく読んでいた兵法の写本だ。内容も挿絵も当時のままだな……』
「(ラッファードが勇者だった頃の本? すごいね、何百年ももしかしたら何千年も前の知識がこうして残ってるなんて)」
『うむ。当時、仲間と焚き火を囲みながら、この一節について議論したものよ。……まさか、こんな形で再会するとは。リルド、お主のおかげで、少しばかり昔の自分を思い出したぞ。感謝する』
ラッファードはその後、珍しく昔語りをせず、ただ静かに、リルドがページをめくる感触を味わっているようだった。
作業を終え、夕暮れ時の街を歩きながらギルドへ戻る。
「ただいま、受付さん。書庫の整理、終わったよ。古い本がたくさんあったけど、どれも大切にされてるのが伝わってきたな」
「おかえりなさい、リルドさん! 館長さんが『あんなに手際よく、敬意を持って本を扱ってくれる人は初めてだ』と大絶賛していました。はい、こちら報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。今日は……良き日であった。お主の静かな仕事ぶりが、我に貴き記憶を運んでくれた。今夜は余計な話はせず、ただ穏やかに過ごすとしよう』
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは茜色の道を歩く。
万年Fランク冒険者の日常は、聖剣がかつて「人」であった頃の遠い記憶をそっと紐解きながら、今日も静かに更けていく。




