208話
窓の外は、しとしとと静かな雨。
今日は冒険に出るのをお休みして、リルドは家でゆっくり過ごすことにした。
「せっかくの時間だし、たまには凝った料理でも作ってみようかな」
エプロンを締め、キッチンに立つ。
昨日市場で買っておいた新鮮な野菜をトントンと小気味よいリズムで刻んでいく。鶏肉を香草と一緒にじっくり煮込み、特製のスパイスで味を調える。リルドの丁寧な手つきは、ポーション調合の時と同じくらい真剣だ。
『……ふむ。包丁捌きもさることながら、味付けの塩梅、火加減の微調整……完璧だ。リルド、お主はやはり料理もかなりの腕前だな。……もはや、我が嫁にしたいほどだ』
「(……なんで剣の嫁になるのさ。それに、僕は男だよ、ラッファード)」
『性別など、この溢れ出す慈しみ(愛)の前では些細なことよ! 伝説の聖剣をこれほどまでに骨抜きにするとは、恐ろしい主だな……』
煮込み料理のいい香りが部屋に充満する頃、お昼前にはあんなに降っていた雨がぴたりと止んだ。雲の切れ間から、眩しい太陽の光が差し込んでくる。
「あ、晴れた! 洗濯日和だね」
リルドは手際よく料理を仕上げると、溜まっていた洗濯物を持って庭へ。
石鹸の香りが漂う中、シーツやシャツをパンパンとはたいて干していく。その姿は、魔物と戦う冒険者というよりは、まさに手慣れた「主夫」そのものだった。
『……ほう。風にたなびく真っ白なシーツと、それを背景に笑うお主。……実に眼福だ。今日は我が魔力を使うような場面は一度もないが……こういう穏やかな一日も、悪くないものだな』
「(そうだね。たまにはこういう日がないと、身体が持たないよ)」
乾き始めた洗濯物を眺めながら、リルドは自分で作った料理を一口運んだ。
「うん、美味しい。……ラッファードも、香りだけお裾分けするね」
『うむ、感謝する。……お主が幸せそうに食べておるのを見ているだけで、我の刀身も温まるようだ。……さて、午後は乾いたシーツの上で、昼寝でも決め込むか?』
「(あはは、それもいいね)」
報酬の銅貨こそ稼げない一日だったけれど、リルドの心には、温かなスープのような満足感が広がっていた。
「さて、僕も今夜は、太陽の匂いがするシーツに包まれながら、ラッファードの『かつて勇者が平和な国で隠居生活を送っていた頃の、のんびりした思い出話』でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、たまには剣を置き、お玉と洗濯バサミを手にしながら、どこまでも穏やかに流れていく。




