207話
翌朝、リルドはいつも通りギルドの扉を開けた。掲示板の前で、今日はどの地味な依頼にしようかと眺めていると、一人の若い冒険者が勢いよく肩を叩いてきた。
「なあなあ!リルド、今日こそ一緒にダンジョン攻略しようぜ!」
「えっ?あ……うん、いいけど……」
リルドは、その冒険者が手に持っている「あるアイテム」を見て、少し苦笑いを浮かべた。それは、街の雑貨屋で最近売り出された『勇気の告白香水』という、なんとも怪しげな代物だったからだ。
『ふむ?リルドよ、なんだあの妙な小瓶は? まがまがしいピンク色の魔力を感じるぞ……』
「(……ラッファード、気づかないふりをしてあげて)」
こうして、二人は近場のダンジョン『薄緑の迷宮』の第1階層へと足を踏み入れた。
「さあ、リルド!行くぞ、俺の勇姿を見ててくれ!」
「あ……うん(あれ……僕に使ったりしない……よね?)」
道中、次々と現れるスライムや大ネズミに対し、冒険者は張り切って剣を振るう。リルドも、目立たない程度にラッファード(布巻き状態)を構え、迫りくる敵を最低限の動きでいなして倒していく。
『……おいリルド。こやつ、さっきから敵を倒すことより、お主の反応を伺うことばかりに必死ではないか? 剣筋がブレておるぞ!』
なんとか第1階層のボス、ビッグ・ワームの部屋まで辿り着いた。しかし、いざ戦闘が始まっても、その冒険者はボスを見るどころか、横で戦うリルドの方ばかりを熱っぽい視線で見つめている。
『(……ぬぅ。やはりそうだ!こやつ、ボスの動きなど眼中にない!リルドばかり見ておるではないか!)』
ボスを倒し、一息ついたその瞬間だった。冒険者が急にリルドの両手をがっしりと掴んだ。
「やっぱ、俺、隠しとけないわ!言うぜ!リルド、俺と付き合って——」
「だーめ」
リルドは食い気味に、しかし困ったような笑顔で即答した。
『(よく言ったリルド!我が主をそう簡単に渡してたまるか!だいたいその香水の匂い、鼻が曲がりそうだぞ!)』
結局、気まずい空気のまま「返り鈴」を使い、二人はギルドへと戻った。
「ただいま、受付さん。第1階層のボス、倒してきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ……あら?お隣の冒険者さん、なんだか魂が抜けたような顔をしていますが……何かありました?」
「あはは、ちょっと疲れちゃったみたい」
リルドは苦笑いしながら報酬の銅貨を受け取り、そそくさとギルドを後にした。
『ふん。お主の魅力が罪深いのは分かっておるが、あのような軟弱な輩には我がお仕置きをしてやりたい気分だ。……リルドよ、お主には我がおるだろう?(物理的に)』
「(はいはい、わかってるよ。ありがとね、ラッファード)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは夕焼けの道を歩く。
「さて、僕も今夜は、あの香水の強烈な匂いを思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者に求婚した、100人の姫君たちを蹴散らした武勇伝』でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、思わぬ恋のハプニング(?)をかわしながら、今日も地味に、そして平和に更けていく。




