206話
窓から差し込む光が、リルドのまつ毛をかすめる。心地よい微睡みの中で、今朝は妙に静かな、それでいて熱のこもったラッファードの声が脳内に染み込んできた。
『……ふむ。こうして寝顔を見ていると、リルドはやはり可愛いな。……男だとわかっていても、だ。なぜだろう、我ほどの伝説の聖剣が、ここまでお主を「守りたい」と思ってしまうのは……。この華奢な肩に、あまりに多くの荷を背負わせたくない、と……』
「(……あの、ラッファード? 全部聞こえてるんだけど)」
リルドが薄目を開けると、鞘に収まったラッファードがピタリと震えを止めた。
『……! お、おはようリルド! 今のは独り言だ、ただの自己対話だ! 我としたことが、お主の寝顔の純粋さに、つい「騎士道精神」が溢れ出てしまったようだな! ははは!』
「……。セクハラじゃないなら、まあいいけど。……守りたいって言ってくれたのは、ちょっと嬉しかったよ」
『なっ……!? そ、そうか。ならば良し! さあ、いつまでも布団の中にいては身体が鈍るぞ。ギルドへ行く準備だ!』
少し照れ隠しに声を張り上げるラッファードをよそに、リルドは苦笑しながら起き上がった。
ギルドの扉を開けると、そこは相変わらずの賑やかさだ。
「おい、リルド! 昨日のナイフ、料理長が『神の研ぎだ』って拝んでたぞ!」
「あはは、そんな大袈裟だよ……」
照れくさそうに会釈を返しながら、リルドは掲示板の隅っこへと逃げ込んだ。
『町外れの果樹園の鳥よけ』と『屋根の雨漏り点検』。
受付へ持っていくと、受付さんはリルドの少し赤くなった耳元を不思議そうに見つめた。
「おはようございます、リルドさん。今日は一段と顔色がいいですね。何かいい夢でも見ましたか?」
「え、あ……ううん。今日も平和な仕事をお願いするよ」
町外れの果樹園に到着すると、色鮮やかな果実が実っていた。リルドは「気配察知」で鳥たちの動きを読み、驚かせすぎない程度の魔力弾を空へ放って、彼らを森の方へと誘導していく。
『リルドよ。お主の戦い(?)は、どこまでも慈悲深いな。力でねじ伏せるのではなく、共生を促す。……ふん、お主を守りたいと思った我の目に、狂いはなかったようだな』
「(……まだその話、引きずってるの?)」
午後からは、古くなった民家の屋根に登り、一枚一枚瓦を点検していく。高いところから見下ろす街並みは、今日も平和そのものだった。
夕暮れ時、リルドは報酬の銅貨を手に、ギルドの帰り道を歩く。
「ただいま、受付さん。全部終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん。屋根を直してもらったおばあさんが、『あの子の笑顔を見ると安心する』って喜んでいましたよ。はい、報酬です」
「ありがとう」
ギルドを出ると、ラッファードが再びボソリと呟いた。
『……やはり、お主はそのままの「地味なリルド」でいるのが一番だ。我がお主を、この平和を、これからもずっと影から支えてやろう』
「……ありがと、ラッファード。頼りにしてるよ」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは茜色の道を歩く。
「さて、僕も今夜は、屋根から見た綺麗な街並みを思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者と誓った、守るべきものの本当の意味』についての真面目な話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、聖剣の不器用な「守りたい」という誓いと共に、優しく夜に溶けていく。




