203話
翌朝、リルドは窓の外から聞こえる海鳥の声で目を覚ました。ヤット岬の潮風の余韻が少し残っているような、爽やかな目覚めだ。
『リルドよ、おはよう。昨夜の舞茸の香りは実に見事であったな。お主の選ぶ食材には、いつも確かな生命力が宿っておる。今日も一日、健やかに過ごそうではないか』
「……おはよう、ラッファード。今日はなんだか、すごく真面目だね」
『ふん、我も伝説の聖剣だ。主の安眠を妨げるような雑音は控え、その清廉な魂を支えることに専念しようと思ったまでよ。……さあ、準備はいいか?』
心なしか、いつもより少し「静か」なラッファードを背負い、リルドはギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、そこは朝食を終えた冒険者たちの満足げな溜息で満ちていた。
「昨日の舞茸スープ、最高だったな!」
「ああ、身体の芯から魔力が湧いてくるような味だったぜ」
リルドは自分の持ち込んだ舞茸が役に立ったことを知り、少しだけ口角を上げて掲示板の前に立った。
「(今日は……これかな)」
指先が選んだのは、『古戦場の錆びた武具拾い』という、これまた地味な清掃兼回収の依頼だった。
受付へ持っていくと、受付さんは感心したように頷いた。
「古戦場ですね。あそこは放置しておくと魔力溜まりができやすいので、定期的に片付けてくれる方が必要なんです。リルドさんなら、一つ一つ丁寧に扱ってくださるでしょうし、安心してお任せできます」
「うん、いってきます」
かつて激しい戦いがあったという荒野、古戦場に到着した。
辺りには風化し、錆びついた剣や盾が転がっている。リルドはそれらを一つずつ手に取り、土を払ってカゴに収めていく。
『……リルドよ。この剣を見ろ。持ち主は最後まで、仲間を守ろうとこれを握りしめておったのだな。錆びてはいるが、その意志の欠片が微かに感じられる……』
ラッファードが静かに解説を加える。かつての戦場を知る彼だからこそ、捨てられた武具に宿る想いに敏感なのだろう。リルドは祈りを捧げるように、丁寧に作業を続けた。
「(みんな、お疲れ様。綺麗な街へ帰ろうね)」
夕暮れ時、リルドは重くなったカゴを背負い、ギルドへと戻った。
「ただいま、受付さん。回収してきたよ。……あと、これ。少しだけ磨いておいたんだ」
リルドが差し出した武具は、錆こそ落ち切っていないものの、どれも大切に扱われたことが伝わるほど清められていた。
「ありがとうございます、リルドさん。……あ、武具の供養塔の管理人が、あなたのような方に整理してもらえて光栄だと言っていましたよ。こちら、報酬の銅貨です」
「ありがとう」
ギルドを出ると、空には静かな星がまたたき始めていた。
『リルドよ。今日は我も、古き戦友たちの末路を見守ることができて、どこか心が洗われた気がする。お主のその「敬意を忘れない心」に、我は救われておるのだぞ』
「……ありがと。今日は、ラッファードがかっこいい聖剣に見えるよ」
『ふん、当たり前だ! ……さて、帰ったら我の刀身も、その優しい手でゆっくりと清めてもらおうか』
報酬の銅貨を握りしめ、リルドは家路を急ぐ。
「さて、僕も今夜は、古戦場に吹いていた穏やかな風を思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者と共に築いた、平和な時代の物語』でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、過去の想いを受け止め、静かな夜の安らぎへと繋がっていく。




