201話
翌朝、リルドは窓を開け、どこまでも続く淡い青空を眺めていた。
「(今日は、少し遠くまで行くことになるかな……)」
『リルドよ、何を黄昏れている。お主の横顔が美しすぎて、我の魔力回路がショートしそうだぞ。さあ、早くギルドへ向かおうではないか!』
いつものように騒がしいラッファードを宥めながら、リルドは家を出た。
ギルドの扉を開けると、そこは熱気に満ちた戦場のような喧騒だった。
「おい、あっちの依頼は儲かるぞ!」「いや、こっちの方が安全だ!」
掲示板の前で冒険者たちが押し問答を繰り返す中、リルドは隅の方で不安げに立ち尽くす、自分と同じFランクの冒険者たちに声をかけられた。
「あの……リルドさん。良ければ一緒に『虚ろいの廃墟』へ行ってくれませんか? 今回こそは、第二階層まで攻略したいんです」
リルドは少し迷ったが、彼らの必死な顔を見て頷いた。「……分かった。僕にできることなら手伝うよ」
受付で手続きを済ませ、パーティーは廃墟へと足を踏み入れた。
暗く湿った廃墟の中、ラッファードの念話がリルドの脳内に冴え渡る。
『リルド、右だ。壁の裏にトラップがある。……次は左。そこに隠しスイッチがあるぞ。ふん、我の目にかかれば、この程度の迷宮は庭も同然よ!』
リルドはラッファードの指示をさりげなくみんなに伝え、「こっちの方が歩きやすいよ」と誘導しながら進んでいく。おかげで一行は大きな傷を負うこともなく、第一階層のボス部屋の前までたどり着いた。
しかし、扉の奥から漏れ出る禍々しい威圧感に、仲間たちがガタガタと震え出した。
「……だめだ、やっぱり無理だ。こんなの、Fランクの僕たちには早すぎたんだ……」
「もう、一歩も動けないよ……」
リルドは平気だったが、彼らの顔色は真っ青だ。無理をさせて怪我をさせるわけにはいかない。
「……そうだね。今日はここまでにしよう」
リルドは懐から「返り鈴」を取り出し、チリンと鳴らした。光に包まれ、一瞬でギルドの帰還用魔法陣へと戻る。
ギルドのカウンターで、リルドは肩を落とす仲間たちを見送ってから、報告を行った。
「ただいま、受付さん。……今回は第一階層まで。みんな少し疲れちゃったみたいだから、途中で帰ってきたよ」
「おかえりなさい、リルドさん。無事で何よりです。二階層を目指す意気込みは立派ですが、引き際を見極めるのも立派な冒険者の才能ですよ」
報酬のわずかな銅貨を受け取り、リルドはギルドの外へ出た。
『リルドよ。お主一人なら、あの程度のボス、小指一本……いや、我の石突だけで粉砕できたというのに。甘い男だな』
「(いいんだよ、みんな怪我しなかったんだから。それが一番だよ)」
夕焼けに染まる道を歩きながら、リルドは少しだけ悔しそうに震える剣を優しく叩いた。
「さて、僕も今夜は、廃墟のひんやりした空気を思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者が迷宮で迷子になった時のおマヌケな失敗談』でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、仲間の安全を第一に考えながら、今日も地味に、けれど誠実に続いていく。




