200話
翌朝、リルドが目を覚ますと、ラッファードが妙にそわそわとした念話を送ってきた。
『リルドよ……。今朝のお主、なんだか少し「魔力」が澄んでおるな。もしや夢の中で、我と共に伝説の島でも旅したか?』
「……おはよう、ラッファード。ただ、リンゴの夢を見てただけだよ」
リルドは欠伸をしながら、いつもの地味な冒険者服を纏い、腰に布で厳重に巻かれたラッファードを差し込む。ギルドへ向かう道中、近所のおばさんに「おはよう、リルドちゃん」と声をかけられ、穏やかに会釈を返した。
ギルドの扉を開けると、今日はいつも以上に冒険者たちが「実用的な話」で盛り上がっていた。
「おい、昨日の薪、火力が安定してて最高だったってよ!」
「ああ、市場の荷運びも、あの兄ちゃんが手伝うと野菜が傷まねえって評判だぜ」
リルドは「(いけない、少し目立ち始めてるかも……)」と、存在感を消しながら掲示板へ。今日は特に大人しい依頼を探し、一枚の紙を剥がした。
『古井戸の清掃と水神様への供え物代行』。
受付へ持っていくと、受付さんは「リルドさんなら安心です」と太鼓判を押してくれた。
「その井戸、最近少し水が濁っているらしくて。水神様がへそを曲げているのかも、なんて言われているんですよ」
「(掃除なら得意だよ)。いってきます」
街のハズレにある古井戸に到着。リルドは「水魔法」の微細な操作で、井戸の底に溜まった泥や落ち葉を丁寧に取り除いていく。
『……リルドよ。井戸の底に、小さな青い石が落ちておる。それは「水神の涙」と呼ばれる珍しい魔石だが……お供え物と一緒に置いておくか?』
「そうだね。僕がもらうより、ここにあるのが一番いい」
リルドは掃除を終えた後、井戸の縁に持参した綺麗な果物と、見つけた魔石を並べて置いた。すると、井戸から溢れる水が、まるで宝石のようにキラキラと輝き始め、清らかな風が吹き抜けた。
「……よし、これで水も美味しくなるね」
『ふん、お主という男は。その石一つで家が建つというのに……。まあ、その欲のなさが、我をこれほどまでに落ち着かせるのだがな』
夕暮れ時、リルドは水に濡れた髪を拭きながら、ギルドへ報告に戻った。
「ただいま、受付さん。井戸、綺麗にしておいたよ。水も澄んできたと思う」
「おかえりなさい、リルドさん! さっき近所の人が『井戸から虹が出た!』って大喜びで報告に来ましたよ。はい、報酬の銅貨です」
「虹? ……気のせいじゃないかな。あはは」
リルドは報酬を受け取り、そそくさと家路につく。
『リルドよ。お主が通った後には、いつも虹や光が残るな。……さて、今夜は我を磨く際、その清らかな井戸水で清めた指先で、丁寧に扱ってくれよ?』
「(はいはい、わかったってば)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは夕焼けに染まる道を歩く。
「さて、僕も今夜は、井戸から吹き抜けた涼しい風を思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者が救った、水の中に住む美しい精霊の王女』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説級の宝物すら地味な仕事の彩りにしてしまいながら、今日も平穏に幕を下ろす。




