20話
「さて、仔牛さんはどこかな」
リルドは草原の真ん中で立ち止まり、周囲の風の音に耳を澄ませた。
かつての彼は、がむしゃらに冒険者として活動していた時期があった。その際、必要だと思った技能はツリーごとにすべて極めてしまっている。今では、森の動物や魔獣たちと会話を交わすことなど、彼にとっては朝飯前だった。
近くの茂みから、一匹のウルフがひょっこりと顔を出す。
「ねぇ、君。このあたりで迷子の仔牛さんを見かけなかったかな?」
リルドが自然な口調で問いかけると、ウルフは少し緊張した様子を見せたが、彼の温和な瞳を見て、すぐに尻尾を振って答えた。
『ああ、その子なら知ってるよ。「むーむー」って悲しそうに鳴きながら、あっちの大きな樫の木の向こうへ歩いていったよ。谷間に迷い込んで困ってたみたいだ』
「ありがとう、助かったよ。これ、お礼に食べて」
リルドはポーチから干し肉を一切れ取り出し、ウルフの前に置いた。ウルフは嬉しそうにそれを咥え、森の奥へと戻っていった。
ウルフに教えられた通り、谷間へと向かったリルドは、岩の陰でうずくまっている小さな白茶の仔牛を発見した。
「むー……むー……」
心細そうに鳴く仔牛は、リルドの足音に驚いて身をすくめる。
リルドは威圧感を一切消し、仔牛の目線に合わせてゆっくりと腰を下ろした。
「大丈夫だよ、怖くない。君を探しに来たんだ」
リルドが優しく語りかけながらその背中を撫でると、不思議なことに、仔牛の震えはすぐに収まった。彼の声には、荒ぶる魔獣をも鎮める安らぎが宿っているのだ。
『……お家、わかるの? 怖かったの』
「うん、わかるよ。お母さんも待ってるから、一緒に歩こう。君の歩幅に合わせてゆっくり行くからね」
リルドが立ち上がると、仔牛は安心しきった様子で、彼の足元に鼻を擦り寄せてきた。
帰り道は、まさに「のんびり散歩」だった。
リルドは仔牛が道端の草に興味を示せば足を止め、一緒に花の香りを嗅ぎ、川があれば水を飲ませてやった。
「いい天気だねぇ。急がなくても、日はまだ高いから大丈夫だよ」
傍から見れば、ただのFランク冒険者が牛と遊んでいるだけのように見えるが、その道中、陰から彼らを狙おうとした影狼たちが、リルドの放つ「あっちに行っててね」という無言の圧に押され、一歩も近づけずに退散していたことには、誰も気づかない。
夕方、リルドは無事に依頼主の牧場へ仔牛を送り届けた。
「おお、リルドさん! 見つけてくれたか! ありがとう、本当にありがとう!」
牧場主は涙を流して喜び、報酬の銅貨のほかに、搾りたての濃厚なミルクを大きな瓶いっぱいに詰めて持たせてくれた。
「お母さんのところに戻れてよかったね」
リルドは仔牛の頭を最後にもう一度撫で、赤く染まった夕焼け空の下を、ミルクの入った瓶を抱えて歩き出した。
今夜はこのミルクを温めて、うさぎさんと一緒に飲もう。
万年Fランク冒険者の日常は、今日も誰かを少しだけ幸せにして、穏やかに幕を閉じる。




