199話
翌朝、リルドが目を覚ますと、ラッファードが妙に落ち着いた声で話しかけてきた。
『……リルドよ。昨夜、お主が眠っている間に考えておったのだがな。お主が「地味」を貫くのは、かつての勇者が「派手」を求めすぎて失ったものを、本能的に守ろうとしておるからではないか? ……いや、我の考えすぎか。おはよう』
「……おはよう、ラッファード。朝から難しい話だね。僕はただ、平和に暮らしたいだけだよ」
リルドは軽くあくびをしながら、窓辺の御影草に水をやる。昨日の子犬の感触がまだ指先に残っているようで、少しだけ心が柔らかくなっていた。
ギルドの扉を開けると、今日は妙に「整理整頓」が行き届いていた。
「おい、昨日の図書館の古文書、読みやすくなってたぞ!」
「噴水の水も澄んでるし……なんだかこの街、最近『見えない妖精』でも住み着いたんじゃないか?」
リルドは「(妖精か……僕、そんなに可愛くないけどな)」と苦笑いしながら、掲示板の隅っこから依頼書を剥がした。
『ギルド裏の薪割り』と『市場の荷運び手伝い』。
受付へ持っていくと、受付さんは書類を整理しながら顔を上げた。
「おはようございます、リルドさん。薪割りですね。裏の調理場、お昼時になると薪が足りなくなるので助かります。あ……あと、市場の八百屋の奥さんが『昨日の子犬を見つけてくれたお兄さんに、これをお裾分けしたい』って、リンゴを預かっていますよ」
「あ、ありがとうございます。……目立たないようにしてたんだけどな」
ギルドの裏手で、リルドは黙々と薪を割り始めた。
「(魔力制御・浸透……よし)」
大きな丸太に斧を軽く当てるだけで、パンッ! と小気味よい音を立てて真っ二つに割れていく。力任せではなく、木の目に沿って魔力を流すリルド独自の技法だ。
『ほう……お主の薪割りは、もはや剣筋の修行だな。我を振るわずとも、お主の身体には我の教えが刻み込まれておる。……まあ、薪ではなく、たまには魔王の角でも割ってほしいものだがな』
「(薪の方がみんなの役に立つでしょ。お腹も膨らむし)」
午後からは市場で重い荷物を運ぶ。ここでも「体術・剛」をさりげなく使い、涼しい顔で山のようなジャガイモの袋を運んでいく。
夕暮れ時、リルドは貰ったリンゴをかじりながら、ギルドへ報告に戻った。
「ただいま、受付さん。薪、全部割っておいたよ。市場の手伝いも完了」
「おかえりなさい、リルドさん! 料理長が泣いて喜んでいましたよ、『あの薪の形、釜に入れやすくて最高だ!』って。はい、報酬の銅貨です」
「ありがとう。……ねえラッファード、リンゴ食べる? 香りだけだけど」
『ふん、お主が一口かじった後の、その瑞々しい香りを我の刀身に吹きかけるが良い。……お主とリンゴの香りを共有するのも、悪くない日常だ』
リルドは夕焼けに染まる道を、鼻歌を歌いながら歩く。
「さて、僕も今夜は、パチパチと燃える薪の音を想像しながら、ラッファードの『かつて勇者一行がキャンプファイアで囲んだ、伝説の猪の丸焼き』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、誰かの「助かる」という小さな声に支えられながら、今日も地味に、けれど確実に幸せを積み重ねていく。




