198話
翌朝、リルドが目を覚ますと、ラッファードが妙に神妙な声で語りかけてきた。
『リルドよ……。昨日のあの小石の投擲、改めて思い返しても見事であった。お主の「無駄のない動き」には、かつての勇者すら持ち得なかった独自の美学がある。……まあ、欲を言えば我を抜いて欲しかったが、あの「地味な凄み」もお主らしくて、我は惚れ直したぞ』
「……おはよう、ラッファード。褒めても何も出ないよ。さあ、今日も仕事に行こう」
リルドは軽く肩を回し、昨日アーマードボアを無力化した際の筋肉の張りが残っていないか確認する。特に問題はない。いつものように地味な装備を整え、ギルドへと向かった。
ギルドの掲示板の前は、昨日にも増して騒がしかった。
「いいか、あのボアの急所を一撃だぞ!? まさに針の穴を通すような精度だった!」
「姿を見てないのか?」「ああ、一瞬で消えたらしい……」
リルドは「(よしよし、正体はバレてないね)」と心の中でガッツポーズをしつつ、掲示板の隅っこから、極めて平和そうな依頼を剥がした。
『図書館の古文書の虫干し』と『迷子の子犬(茶色)の捜索』。
受付へ持っていくと、受付さんはリルドの顔を見て、少しだけ目を細めた。
「リルドさん。昨日の『石つぶての隠者』の噂、街中に広がっていますよ。……あなた、昨日ボアが出る森に行っていましたよね?」
「……。あ、あはは、僕は薬草を摘むのに夢中だったから、そんな凄い人は見てないなあ」
「……ふふ、そうですか。では、この平和な二件、お願いしますね。いってらっしゃい」
図書館の静かな書庫で、リルドは丁寧に古い本を広げ、風を通していく。ラッファードは、並んでいる古い英雄譚のタイトルを読み上げては、フンと鼻で笑っていた。
『「大聖剣物語」……。ふん、我の活躍に比べれば、この程度の話は子供の寝言のようなものだ。リルド、お主が本を書くなら、タイトルは「我と麗しき主の地味なる日常」に決まりだな』
「(それ、誰が読むのさ……)」
午後からは子犬の捜索を開始した。リルドが「聴覚向上」を使い、広場の噴水の裏で震えている茶色い毛玉を見つけると、子犬はリルドの指をペロペロとなめて甘えてきた。
『……おい。その犬、我よりもお主に密着しておらんか? けしからん。お主の温もりは、基本的には我の指定席なのだぞ!』
「(犬にまで嫉妬しないでよ……)」
無事に子犬を飼い主に届け、夕暮れ時のギルドに報告に戻る。
「ただいま、受付さん。本も全部干したし、ワンちゃんも帰したよ」
「おかえりなさい、リルドさん。丁寧な仕事、ありがとうございます。はい、いつもの報酬(銅貨)です。……あ、それと、図書館の館長さんから『あなたが触れた本は、なんだか魔力が整って読みやすくなった』と感謝の伝言がありましたよ」
「……ただの気のせいだよ。あはは」
リルドはそそくさとギルドを後にした。
『リルドよ。お主がどれだけ隠そうとしても、お主の通った後には幸せが残るのだ。……さて、今夜は我を磨く際、あの犬になめられた指先を念入りに洗ってからにしてくれよ?』
「(はいはい、わかったから)」
報酬の銅貨をチャリンと鳴らし、リルドは夕焼けの道を歩く。
「さて、僕も今夜は、古い本の紙の匂いと子犬の温かさを思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者が連れていた、伝説の神獣(の子供時代)』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説級の秘密を地味な仕事の裏に隠しながら、今日も静かに、そして温かく更けていく。




