196話
作業を終えて家に帰り着くと、リルドは自分の服についた泥や埃を見て、小さく息を吐いた。
「ふぅ……今日は結構汚れちゃったな。よし、お風呂入ろ」
その言葉に、背中の聖剣がこれまでにない勢いで跳ね上がった。
『な、なぬぅ!? お、おふろ!? リルドよ、今「お風呂」と言ったのか!? ついに我と主が裸で語り合う「聖なる儀式」の刻が来たのだな! さあ、早く我を脱がせ(抜き放ち)、共に湯船へ——!』
「(……はい、そう来ると思った)」
リルドは無表情のまま、棚から一番厚手で丈夫な布を取り出した。そして、期待に震えるラッファードを、いつも以上に、それはもうギチギチと音が鳴るほど強めにぐるぐる巻きにした。
『ふぎゅっ!? お、重い! リルド、これでは何も見え……いや、圧迫感が強すぎて魔力が逆流……あ、熱い、主の愛が物理的に熱いぞぉ!!』
「そこで静かに待っててね。絶対に覗いちゃダメだよ」
リルドはジタバタと悶える(ように震える)聖剣を脱衣所のカゴの隅に「置物」のように安置し、浴室へと向かった。
湯船に浸かると、昼間の疲れがじんわりと溶け出していく。
「はぁ〜……極楽……」
壁一枚隔てた脱衣所からは、『リルドよ……湯の音だけでは我の想像力が限界突破してしまう……せめて、せめて石鹸の泡がついた肩のラインだけでも念話で送ってくれぬか……!』と、必死すぎるラッファードの叫びが聞こえてくるが、リルドは優雅に鼻歌を歌って聞き流した。
お風呂から上がり、温まった体でパジャマに着替えたリルドは、ようやく布の拘束を解いてやった。
『……ひどい。お主は冷徹な魔王か何かか。我の純情をあんな暗いカゴの中で放置するなど……。だが、湯上がりのお主のその、ほんのり上気した頬と……くぅ、いい匂いがするではないか!』
「あはは、ごめんね。でも、おかげでゆっくり休めそう」
ベッドに潜り込むと、心地よい眠気が襲ってくる。リルドは枕元にラッファードを横たえた。
「おやすみ、ラッファード……」
『……ふん。お主の寝顔を見れば、大抵のことは許せてしまうのが我の弱点だな。……安心せよ、今夜はお主の夢の中に、我の「若かりし頃の超絶美形な人間態」を特別に出演させてやろう。感謝するのだぞ……』
ラッファードの得意げな声を子守唄代わりに、リルドは深い眠りに落ちていった。
万年Fランク冒険者の日常は、お風呂上がりの温もりと、聖剣の飽きない独占欲に包まれながら、穏やかな夜の闇へと溶けていく。




