194話
鳥のさえずりと共に、いつものように「朝の儀式」が始まる。
『……ふむ。今日の寝癖は右側が跳ねておるな。まるで小鳥の羽のようだ。おいリルド、いい加減に起きぬか。このままでは我の念話でお主の耳を甘く噛んで……』
「……おはよう、ラッファード。最後のは本当に意味がわからないからやめて」
昨日、ロック鳥の背中に乗った興奮がまだ体に少し残っている。リルドは静かに身支度を整え、いつものように目立たない格好でギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、そこは「空中を舞う巨大な影」の目撃談で持ちきりだった。
「おい、昨日のロック鳥を見たか!? 背中に誰か乗っていたっていう噂だぜ!」
「まさか、あの狂暴な巨鳥を操る奴がいるなんて……Sランク冒険者の隠密行動か?」
リルドは心臓の鼓動を抑えながら、壁際に沿って掲示板へと歩み寄る。
「(危ない危ない……やっぱり目立つことはするもんじゃないね)」
掲示板を眺めていると、最下段にひっそりと貼られた、少し湿った依頼書が目に留まった。
『公園の噴水の詰まり解消』と『時計塔のネジ巻き』。
受付へ持っていくと、受付さんはリルドの少しやつれた(?)顔を見て、くすりと笑った。
「おはようございます、リルドさん。昨日は『風のように』帰ってこられましたね。今日の依頼も、あなたらしい丁寧な仕事が必要なものばかりです。いってらっしゃい」
「うん、ありがとう。これくらいが一番落ち着くよ」
公園の噴水に到着し、リルドは「水辺の作業だから」という理由で、ラッファードを汚れないよう少し離れたベンチに立てかけた。
『おいリルド! 我をそんな場所に放置するな! 水しぶきに濡れるお主の姿を、特等席で見せ……』
「(静かにしてて。すぐ終わるからね)」
リルドは「魔力操作」を指先に集中させ、噴水の奥に詰まっていた古い硬貨や落ち葉を器用に取り除いていく。詰まりが取れた瞬間、水が高々と上がり、虹を作った。
『……ほう。お主が手を加えれば、ただの噴水すらも聖域の泉のように見える。……悪くない。お主のその、誰に褒められるでもない場所を慈しむ心根……我は、嫌いではないぞ』
「……ありがと。ラッファードもたまには良いこと言うね」
夕暮れ時、時計塔の大きなネジを巻き終えたリルドは、街に響き渡る「ボーン、ボーン」という鐘の音を特等席で聞いた。
ギルドに戻り、いつものようにひっそりと報告を済ませる。
「ただいま、受付さん。全部終わったよ」
「おかえりなさい、リルドさん。時計塔の鐘、今日は一段と澄んだ音がしていました。これ、報酬の銅貨です」
「ありがとう。……さあ、帰ろうか、ラッファード」
『うむ。帰ったら、その水仕事で冷えた指先を、我の魔力でじんわりと温めてやろう。……あくまで、主の体調管理のためだからな!』
「(あはは、期待しとくよ)」
報酬の銅貨をポケットで鳴らしながら、リルドは夕焼けに染まる道を歩く。
「さて、僕も今夜は、噴水で作った小さな虹を思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者と訪れた、精霊が住まう美しき水の都』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の武器の「不純な動機」を適当にあしらいながら、今日も地味に、そして穏やかに更けていく。




