193話
ギルドの喧騒は相変わらずだが、今日のリルドの足取りはどこか慎重だった。掲示板で見つけた依頼書を、心の中で「よし」と頷きながら剥がす。
「今日はこれにするよ。『温泉玉子作り』と『湯質調査』」
依頼書を受け付けへ持っていこうとした、その瞬間。背中のラッファードが、かつてないほどの高揚感で脳内を震わせた。
『リルドよ!! ついに、ついに来たか!! 「温泉」! 「湯けむり」! そして……「裸」!! おお、天は我を見捨てていなかった! 主の白磁のような肌が、湯に濡れて……ぐふっ、ぐふふふ!!』
「(……うるさーーーーい! 仕事だよ、仕事! 僕は入らないし、君も覗かせないからね!)」
受付に持っていくと、受付さんは「温泉地までの道中、湯冷めしないように気をつけてくださいね」と微笑んでくれたが、リルドの頭の中は聖剣の煩悩まみれの絶叫(念話)で、それどころではなかった。
現地での調査は、ラッファードの「温泉……露天風呂……混浴……」という呪文のような呟きを必死に聞き流しながら、なんとか完了した。カゴいっぱいに作った温泉玉子を持ち、帰り道を歩いていると、前方の冒険者たちが空を見上げて悲鳴を上げた。
「おい、あれを見ろ! 『ロック鳥』だ! なんでこんな人里近くに……逃げろ!!」
巨大な影が地上を覆い、強風を巻き起こしながら、伝説の巨鳥が舞い降りてくる。しかし、リルドはその姿を見て、パッと顔を輝かせた。
「あ!! 君は……! 僕が前に怪我を治してあげて、悪いことしてたウルフくんたちにお仕置きを一緒にしてくれた、ロック鳥くんじゃないか!」
「くええーーー!!(おおう、リルド! その節はどうも!)」
巨鳥は恐ろしい見た目に反して、嬉しそうにリルドへ駆け寄り、大きな頭をその細い肩にすり寄せた。
『……っ!? リ、リルドよ……。お主は、伝説のラルヴァスネークのみならず、空の覇者ロック鳥とまで友達になっておったのか? お主の交友関係はどうなっておるのだ……』
「(あはは、困ってる子を助けただけだよ)。で、どうしたの? ロック鳥くん」
「くえくえええ(近くに君の匂いがしたからね)。くええ、くえー?(重そうな荷物だね、ギルドまで送ろうか?)」
「いいのかい?」
「くえええ!!(もちろん! さあ、背中に乗って!)」
リルドがひょいと背中に乗ると、ロック鳥は力強く羽ばたき、一気に空へと舞い上がった。地上の冒険者たちが「伝説の鳥を乗りこなしてる……!?」と腰を抜かしているのも露知らず、リルドは快適な空の旅を楽しむ。
『……おい。さっきの温泉より、こっちの方が刺激が強いではないか。お主と密着して……いや、空からの景色も、なかなかに……(照)』
「(素直じゃないなあ、ラッファード)」
わずか数分でギルドの前に着陸。ロック鳥はリルドの頭を優しく嘴で突いて挨拶すると、再び悠然と空へ帰っていった。
リルドは温泉玉子のカゴを抱え、平静を装ってギルドの扉を開けた。
「ただいま、受付さん。調査終わったよ。あと、温泉玉子も」
「おかえりなさい、リルドさん! ……今、外で何か巨大な羽音が聞こえたような気がしましたが……気のせい、ですよね?」
「あはは、強い風が吹いただけだよ」
報酬の銅貨を受け取り、リルドは「次は我も空を飛びたい!」と興奮冷めやらぬ剣を、厚手の布で手際よく縛った。
「さて、僕も今夜は、空から見た街の景色と、ロック鳥くんの温かい羽の感触を思い出しながら、ラッファードの『勇者と伝説の巨獣たちとの共闘』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の鳥に送迎されつつも、本人の徹底した「地味」へのこだわりによって、今日も平穏に幕を閉じる。




