191話
鳥のさえずりと共に、昨日の喧騒が嘘のような静かな朝が来た。
『リルドよ……いつまで寝ている。ラルヴァスネークの赤子の夢でも見ておるのか? お主の寝顔は相変わらず平和そのものだな』
「……おはよう、ラッファード。昨日は本当に大変だったんだから、少しは余韻に浸らせてよ」
銀貨の詰まった袋の重みを枕元に感じながら、リルドはゆっくりと起き上がる。窓辺に置いた御影草が、昨日の聖なる出産の魔力を浴びたせいか、心なしかキラキラと輝いていた。
ギルドの扉を開けると、そこは既に昨日以上の熱気に包まれていた。
「聞いたか! ラルヴァスネークの出産を助けたFランクがいるってよ!」
「ああ、研究者連中が興奮して『歴史的快挙だ』って騒いでたぜ。どんな凄腕なんだ?」
そんな噂話を背中で聞きながら、リルドはフードを深く被り、掲示板の端っこへと移動する。
『ほう、時の人ではないか、リルド。誇らしく胸を張れば良かろうに』
「(目立ちたくないんだってば……。今日はこれ、『裏通りの溝掃除』と『パン屋の煙突点検』にするよ)」
リルドは人目に触れない地味な依頼を剥がし、受付へと滑り込んだ。受付さんはリルドの顔を見るなり、パッと表情を輝かせた。
「リルドさん! お疲れ様です。昨日の件で、ラルヴァの里への地図(招待状)が届いていますよ。でも、今は静かにしていたいですよね? 依頼、承ります」
「ありがとう、受付さん。助かるよ」
裏通りの掃除を終え、パン屋の煙突を点検するために屋根へ登る。そこからは街を一望できた。ラッファードが、かつての勇者の視点で街を眺める。
『……リルド。あの時計塔が見えるか? あれは昔、魔王軍の飛竜が止まり木にしていた場所だ。今では平和の象徴として鐘を鳴らしておるが……お主のような者が、こうして影で街を支えておるからこそ、平和は続くのだな』
「ラッファード……。僕、ただ掃除してるだけだよ?」
『ふん、それが真の英雄というものよ。お主が磨いた煙突から出る煙は、今夜も幸せなパンの匂いを運ぶのだからな』
作業を終えたリルドは、店主からお礼に焼きたてのバゲットを受け取り、夕暮れの街を歩く。
帰り道、リルドはふと思い立って、ラルヴァスネークが消えた森の入り口を眺めた。
「(ラルヴァの里、いつか行ってみたいな)」
『……その時は、我もお主の腰で精一杯威張ってやるからな。なにせ、我らはあの里の恩人なのだからな!』
ギルドに報告を済ませ、報酬の銅貨を受け取って家路につく。
「さて、僕も今夜は、屋根の上から見た街の景色を思い出しながら、ラッファードの『かつて勇者と守り抜いた名もなき村』の話でも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の魔獣との約束を未来に残しながら、香ばしいパンの匂いと共に更けていく。




