184話
ギルドの扉を開けると、今日はいつにも増して食欲をそそる香ばしい匂いが漂っていた。冒険者たちはジョッキを片手に、新しいグルメの話題で盛り上がっている。
「おい、聞いたか? 西通りの『焼きそば屋』。あのソースの焦げた匂い、たまらねえぜ!」
「ああ、あの縮れ麺と肉の油が絡み合う感覚……冒険後の身体に染みるんだよなぁ!」
背中でその会話を聞いていたラッファードが、不思議そうに念話を震わせた。
『リルドよ……さきほどから皆が口にしている「焼きそば」とは何だ?我が勇者だった時代には、麺を焼くなどという文化はなかったぞ。麺は茹でてスープに入れるものではないのか?』
「(あはは、僕もまだ食べたことないけど……ソースで炒める料理みたいだよ。今度、一緒に見に行ってみようか?)」
『ほう……炒めるのか。実に興味深い。我の刀身で鉄板の代わりが務まるかもしれんな』
「(それは絶対にやめて。衛生的にアウトだから)」
そんな会話をしながら、リルドは掲示板の前に立つ。今日は派手な依頼の陰に隠れるようにして、端っこにポツンと追いやられていた、少し色褪せた依頼書を剥がした。
「受付さん、これをお願いします」
「あら、リルドさん。それは『旧市街の地下水道の点検』ですね。暗くてジメジメしているから、みんな避けていたんですよ。助かります!」
地下水道へと続く階段を降りながら、リルドは「光魔法」を指先に灯した。湿った空気と水音が響く中、ラッファードがポツリと昔話を始めた。
『……地下か。思い出り出すな。かつて我ら一行が魔王の城へ潜入した際も、こうした隠し通路を使ったのだ。あの時は、仲間の一人が暗闇を怖がってな。我の刀身を最大出力で光らせて、松明代わりにされたものだ』
「伝説の聖剣をペンライト代わりにするなんて、その勇者さんも相当だね」
『ふん。だが、そのおかげで罠を見抜けた。リルド、お主の今の「視野拡大」の使い方も、あの時の仲間に引けを取らんぞ。……派手な魔法より、お主のような確かな技術こそが、暗闇では命を救うのだ』
「……ラッファード。たまには良いこと言うね」
リルドはラッファードの言葉に少し勇気をもらいながら、慎重に壁の亀裂や魔力の淀みを点検していった。
地上へ戻り、夕暮れの心地よい風に吹かれながらギルドへと報告に戻る。
「ただいま、受付さん。地下水道、大きな異常はなかったよ。細かい亀裂は補修しておいたから」
「おかえりなさい、リルドさん! 地下での作業、大変だったでしょう。これ、ギルドからの追加報酬です。あと……これ、焼きそば屋の割引券、余ってるのでどうぞ!」
報酬の銅貨と、噂の焼きそば屋のチケットを受け取り、リルドの顔がパッと明るくなる。
『おお! ついに例の「焼きそば」とやらを拝めるわけだな! 期待しておるぞ、リルド!』
「(あはは、わかったよ。ラッファードには、僕が食べてる横で匂いのお裾分けね)」
リルドは「早く行こうぜ!」と小刻みに揺れる聖剣を宥めながら、夕焼けに染まる街へと歩き出した。
「さて、僕も今夜は、ソースの焦げる良い匂いに包まれながら、ラッファードの『勇者パーティのドタバタ潜入記』の続きでも聞いて、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、新しい味覚への期待と古い戦友の思い出を背負って、賑やかに更けていく。




