183話
ギルドの喧騒の中、リルドは掲示板の前で指先を顎に当てていた。背中からは、朝から絶好調なラッファードの声が響く。
『リルドよ、今日はどうするのだ? 我としては、そろそろお主の麗しき剣技で、あの中型魔獣の首をポーンと飛ばすような派手な仕事が見たいのだがな』
「うーんと……。そんな危ないのはパス。今日は地味に薬草の納品か、街灯の魔石交換にしようかな」
そう言って依頼書に手を伸ばそうとした、その時。
「おーい! 探したぜ、お前……」
ガシッ、と力強い手でリルドの腕が掴まれた。
「えっ!?(え、また……!?)」
『なっ……!? き、貴様ァ! またしても我のリルドに不躾な手を! 斬るぞ! 塵も残さず消し飛ばしてやるぞ!!』
驚くリルドと、脳内で大発狂する聖剣。しかし、リルドの顔を覗き込んだ男は、すぐに「あ」と気まずそうな声を漏らして手を離した。
「あ、すまねえ! 髪の色が似てたから、連れと間違えた。悪かったな、お兄さん!」
男はガハハと笑いながら、そのままギルドの奥へと去っていった。
「……びっくりした。ただの間違いか……」
『……許せん。間違いだろうが何だろうが、お主に触れて良いのは、手入れの時の高級油とこの我だけなのだ……!』
「(……最後のは、聞き捨てならないんだけど)」
結局、リルドは『倉庫の整理』の依頼を済ませるために移動を開始した。作業中もラッファードは「あの野郎、指の跡が残っておらんか? 我が熱を放って消毒してやろうか?」と過保護を通り越した念話を送り続けていた。
作業を終えた帰り道、リルドは同じ現場で働いていた顔見知りの冒険者に誘われ、街角の茶店に立ち寄ることにした。
「お疲れ、リルド! 今日の作業、お前のおかげで助かったよ」
冒険者が親愛を込めて、リルドの隣に座りながらポンと腰に手を置いた。
『……っ!? こ、こやつ!! リルドの腰に手を……! ぐぬぬぬぬ……!! 万死! 万死に値するぞ!! どけ! その卑しい手を今すぐ退かぬか!!』
「(何言ってんのさ、ラッファード……。ただの挨拶だよ。恥ずかしいから静かにしてて!)」
リルドは心の中で必死に剣を宥めながら、平静を装って茶を啜る。だが、ラッファードの嫉妬の振動は止まらず、腰元がずっと「ガタガタ」と震えているせいで、隣の冒険者が不思議そうな顔をした。
「……なあ、リルド。お前の剣、さっきから壊れた魔道具みたいに震えてるけど大丈夫か?」
「あ、あはは。これ、そういう仕様なんだ! 気にしないで!」
夕暮れ時、リルドは疲れた足取りでギルドに報告に戻った。
「ただいま、受付さん……。倉庫の整理、終わったよ」
「おかえりなさい! ……あら? リルドさん、なんだか今日は一段と……背後の剣から『どす黒い執念』のようなオーラを感じますが、何かありました?」
「……。世界中の男から、僕を守ろうとしてるみたいなんだ……」
報酬の銅貨を受け取り、リルドは「我こそが唯一のパートナーなのだ!」と吠え続ける剣を、分厚い布でぐるぐる巻きにした。
「さて、僕も今夜は、聖剣の行き過ぎた独占欲をどうにかする方法を考えながら、静かな音楽でも聴いてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の勇者の嫉妬に腰元を震わされながら、賑やかに(?)更けていく。




