182話
鳥のさえずりと共に、今朝は妙に艶っぽい声が脳内に響いた。
『リルドよ……おはよう。ふふ、今朝のお主も実に瑞々しくて美しいぞ』
「……うん、おはよう(朝からそのトーンはやめてほしいな……)」
眠い目をこすりながら身支度を整え、玄関を開ける。すると、昨日の猫がうさぎと鼻先を寄せ合い、仲睦まじく顔をすり合わせていた。
「あはは、君たち本当に仲良しだね」
『ほう、種族を超えた愛か。……我らも負けてはおられんな、リルド!』
「(何が『負けてはおられない』なんだか……)」
ギルドの扉を開けると、そこは異様な「熱気」に包まれていた。
「おい、この新作読んだか!? 騎士二人が背中を預け合って、最後には……!」
「友情を超えたあの熱い視線! たまらんわ!」
どうやら巷では、男同士の熱い友情、あるいはそれ以上の親密さを描いた小説が爆発的に流行っているらしい。掲示板を見ていると、馴染みの冒険者がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「よおリルド! お前もこういうの興味あるか? ほら、お前と、そのいつも大事にしてる剣の関係なんて、まさに……」
「な、ないから! 僕は普通に仕事を探してるだけだよ!」
顔を真っ赤にして否定するリルドの背中で、ラッファードがこれ見よがしに震える。
『ほう……世間もようやく我とリルドの「絆」の尊さに気づき始めたか。良い傾向だ』
「(勘弁してよ……!)」
逃げるように掲示板から剥がしたのは、『広場の屋台でたこ焼き作りと販売』の依頼書。受付に持っていくと、受付さんは「リルドさんなら、あの繊細な火力が活かせそうですね!」と笑顔で送り出してくれた。
広場の屋台に到着し、店主から道具を借りる。
「よし、(魔力制御・微細、剣士の腕捌き)……いくよ!」
リルドは千枚通しの代わりに、手際よくたこ焼きを回していく。魔力で温度を一定に保ちつつ、無駄のない動きで焼き上げる姿は、もはや芸術的だった。
『凄まじいな……。我を振るう時のキレが、まさかたこ焼きを回す技術に転用されるとは。主よ、お主は天才か』
「凄げぇな兄ちゃん! 職人でもこれほどの手際は見たことねぇぞ!」
店主も目を丸くして感心している。焼き立ての香ばしい匂いに誘われ、客が次々と集まってきた。
「お兄さん、一皿ちょうだい!」「こっちも!」
「はい、お待たせしました!」
リルドの爽やかな笑顔と、外はカリッと中はトロッとした完璧な仕上がりに、屋台は大盛況。用意していた生地は、あっという間に底をつき、完売御礼となった。
ホクホクした気分で、夕暮れ時のギルドに報告に戻る。
「ただいま、受付さん。たこ焼き、全部売り切れたよ」
「おかえりなさい! 噂はもう届いていますよ。広場で『伝説のたこ焼き師』が現れたって、みんな話してました」
『ふふん、当然だな。我が見込んだ主だ。たこ焼きだろうが魔王だろうが、料理して当然よ』
報酬の銅貨を受け取り、リルドはふぅと息を吐いた。
「さて、僕も今夜は、ラッファードがなぜか対抗心を燃やしている『友情小説』のあらすじでも聞きながら、余ったたこ焼きを食べてゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、聖剣のあらぬ方向への期待を背負いつつ、ソースの香りと共に賑やかに更けていく。




