181話
ギルド内は相変わらず、小説『夢現の光景はまた見ぬ世界への移り変わり』の結末予想で盛り上がっている。そんな喧騒を背中で聞き流しながら、リルドは掲示板の前に立った。
『おいリルド、また地味な依頼か? たまには小説の主人公のように、異世界の姫でも救いに行くような依頼を選んだらどうだ』
「(そんなのあるわけないでしょ……。はい、今日はこれ)」
リルドは『迷い猫の捜索(白猫)』と『パン屋に小麦粉の納品』の二枚を剥がし、受付に持っていった。
「お願いします、受付さん」
「はい、猫のシロちゃんと、パン屋のジャックさんへの納品ですね。リルドさんならシロちゃんもすぐに心を開いてくれそうですね。いってらっしゃい!」
まずは猫の捜索から開始する。リルドは「聴覚向上」を使い、住宅街の細い路地から聞こえる微かな鳴き声を拾い上げる。
「(……いた。あそこの物置の裏だ)」
そっと近づくと、そこには真っ白な毛玉のような猫が丸まっていた。リルドが優しく手を差し伸べると、肩のうさぎも「ぴっぴ」と挨拶する。シロちゃんは喉を鳴らしてリルドの腕に飛び込んできた。
『ほう、お主の「動物たらし」は相変わらずだな。……我もそのように抱き上げられたいものだ』
「(……はいはい、静かにしててね)」
無事に飼い主へシロちゃんを送り届けた後、次は市場へ向かう。
活気ある市場で質の良い小麦粉を数袋購入し、背負い袋に詰める。なかなかの重量だが、リルドは「体術」による重心移動で涼しい顔をしてパン屋へと歩く。
パン屋に到着し、小麦粉を納品すると、店主のジャックが顔をほころばせた。
「助かったよ、リルド! これでお客さんが待ってる特製パンが焼ける。ほら、これはお礼だ、焼きたてを食べていけ!」
サービスで貰ったふかふかのパンを頬張りながら、リルドはギルドに戻ってきた。
「ただいま、受付さん。猫も見つけたし、納品も終わったよ」
「おかえりなさい! 完璧な仕事ぶりですね。猫の飼い主さんも、パン屋さんも大喜びですよ」
報酬の銅貨を受け取り、リルドは一息つく。背中の剣は、パンの香りに釣られたのか、またしても食いしん坊な念話を飛ばしてきた。
『……リルド。そのパンの耳、我の鞘の隙間に少しだけ擦り付けてはくれぬか? 香りだけでも楽しみたいのだ……』
「それは絶対にダメ。汚れるでしょ」
『ちっ、相変わらず手厳しいな……。だが、お主が満足げな顔をしているなら、我もそれで良しとしよう』
リルドは「よしよし」とねだるように震える剣を軽く叩き、ギルドを後にした。
「さて、僕も今夜は、焼きたてパンの香りの余韻に浸りながら、ラッファードの『昔の王都で食べた絶品パン』の話でも聞きつつ、ゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、小さな親切と香ばしい匂いに包まれながら、穏やかに更けていく。




