180話
鳥のさえずりで目が覚めると、枕元でラッファードが「おい、リルド! 起きろ! 今日は空の色が最高だぞ、我の刀身を反射させるのにこれ以上ない輝きだ!」と、朝からハイテンションで叫んでいた。
「……五月蝿いなぁ。まだ太陽が昇ったばかりだよ」
リルドは欠伸をしながら、隣で丸まって寝ているうさぎの頭を撫でる。昨夜、ベッドの端で一緒に眠ったラッファードは、心なしかいつもより声に艶がある気がして、リルドは少しだけ頬を赤くした。
ギルドに向かう道中、ラッファードは昨夜の余韻を引きずっているのか、妙に饒舌だった。
『リルドよ、昨夜の抱き心地は悪くなかったぞ。お主の体温は、かつての聖域の泉よりも清らかで温かい……』
「(だあぁ! 外でそういうこと言わないで!)」
リルドは顔を真っ赤にして、背中の剣を布の上からペシッと叩く。
ギルドに到着すると、掲示板の前で冒険者たちが「おい、『時の剣士』の号外が出たぞ!」と盛り上がっていた。
「号外……?」
リルドが恐る恐る掲示板を覗くと、そこには『謎の魔法剣士、ラルドの森に現る! 水の刃で炎を断つその姿、正体は伝説の再来か!?』という派手な見出しが躍っていた。
「(う、うわぁぁ……あんな一瞬だったのに、もう記事になってる……)」
リルドが冷や汗を流していると、ラッファードがこれ見よがしに笑う。
『はっはっは! 良いではないか、リルド。我とお主の華麗な共演が歴史に刻まれる第一歩だぞ!』
いたたまれなくなったリルドは、一番地味そうな依頼を二枚、ひったくるように剥がした。
『廃屋のネズミ捕り』と『井戸の底の清掃』。
「今日は絶対、目立たないようにするんだから……」
受付で手続きを済ませ、リルドは逃げるように現場へ向かった。
廃屋でネズミを追いかけ、井戸の底で泥まみれになりながら、リルドは黙々と作業をこなした。
『リルド、その隅だ! ネズミが逃げたぞ! 体術・足運び、三段!』
「そんなの使わなくても捕まえられるよ!」
『いや、美しく捕まえてこそプロだ!』
文句を言い合いながらも、作業はあっという間に終わった。泥だらけになったリルドを見て、うさぎが「ぴっぴ(お疲れ様)」と労うように鼻を寄せた。
帰り道、夕暮れに染まる街並みを歩きながら、ラッファードが不意に真面目なトーンで話し始めた。
『リルドよ。……お主は、Fランクのままで良いのか? その気になれば、世界を揺るがす英雄にだってなれる。我という翼があるのだからな』
リルドは足を止め、茜色の空を見上げた。
「……英雄なんて、僕には似合わないよ。こうして、困っている人の井戸を掃除したり、ラッファードの昔話を聞いたり、うさぎ君と美味しいご飯を食べたり……そんな毎日が、一番僕らしいんだ」
『……ふん。お主らしい、実につまらぬ、そして……眩しい答えだ』
ラッファードは少しだけ照れ隠しのように震えた。
ギルドに戻り、泥だらけの姿で報告を済ませる。
「ただいま、受付さん。井戸もネズミも、バッチリだよ」
「おかえりなさい、リルドさん! ふふ、今日はまた一段と『日常の守護者』って感じの汚れ方ですね。お疲れ様です!」
報酬の銅貨を受け取り、リルドは帰りに「特製の揚げパン」を三つ買った。
「さて、僕も今夜は、泥を綺麗に洗い流して、ラッファードに『かつての英雄たちの意外な弱点』でも語ってもらいながら、揚げパンを頬張ってゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の聖剣を「日常」という温かな鞘に収めながら、明日への小さな希望と共に更けていく。




