179話
突然腕を掴んできたのは、酒の匂いをぷんぷんとさせた、身の丈もある大斧を背負ったガタイのいい冒険者だった。
「よう、見ねえ顔だな。そんな細い腕で冒険者なんてやってんのか? 『可愛い子ちゃん』、俺たちのパーティーに入れば、後ろで笑ってるだけで報酬を分けてやるぜ?」
「あ、あの……離してください。僕は一人で大丈夫ですから」
リルドが困惑して身を引こうとするが、男はニヤニヤと笑いながら力を込める。その瞬間、背中のラッファードがこれまでにないほど激しく、怒りに震えだした。
『貴様……。その汚らわしい手で、我のリルドに触れるなと言っているのだ! 控えよ、下衆が!!』
頭の中に響くラッファードの怒号。しかし、周囲の冒険者には剣の震動が「異様な殺気」として伝わっていた。
「な、なんだ……? この剣、急に真っ赤に光りだして……」
男が怯んだ隙に、リルドは「身体強化・瞬身」を使い、するりと腕を抜く。
「ごめんなさい、お誘いは嬉しいですけど、僕にはこの子たちがいますから」
リルドが肩のうさぎを撫でると、うさぎも「ぴっぴ!」と男を威嚇(?)するように鼻を鳴らした。
気まずくなった男が逃げるように去っていくと、ラッファードはまだ収まらない様子でブツブツと念話を飛ばしてくる。
『リルドよ、お主は無防備すぎるのだ! やはり我が見守ってやらねば、悪い虫がついてしまう。……よし、決めたぞ。今夜は護衛として、お主の枕元で一晩中監視してやるからな!』
「(それ、自分が近くで見たいだけだよね……)」
呆れながら掲示板に目を戻すと、そこには今話題の小説『夢現の光景はまた見ぬ世界への移り変わり』のポスターが貼ってあった。
「(『夢現の光景』か……。夢の中と現実が入れ替わるお話だっけ。なんだか、今の僕とラッファードの関係みたいだ)」
そんなことを思いながら、リルドは『迷い猫の捜索』と『魔力草の選別』の依頼を剥がし、受付へ持っていった。
「リルドさん、災難でしたね。でも、今のあなたの剣……一瞬、本物の英雄の武器のような威厳がありましたよ?」
受付さんの言葉に、リルドは「あはは、ただの古い剣ですよ」と苦笑いしてギルドを後にした。
夕暮れ時、無事に猫を見つけ出し、魔力草の納品を終えた帰り道。
ラッファードは少し落ち着いたのか、穏やかな声で語りかけてきた。
『……リルド。さっきの小説のタイトルではないが、我もお主と出会ってから、死んでいたはずの時間が「現実」として動き出した気がするのだ。……感謝しておるぞ』
「……珍しく素直だね。どういたしまして、ラッファード」
報酬の銅貨を握りしめ、リルドは家路を急ぐ。
「さて、僕も今夜は、独占欲の強い聖剣に『可愛い子ちゃん』なんて言われないように、しっかり筋トレでもしてから、温かいミルクを飲んでゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の勇者の嫉妬と愛情に振り回されながら、新しい「光景」へと移り変わっていく。




