177話
朝、家の扉を開けると、足元に一匹の大鼠がちょこんと座っていた。
「おはよう。今日はいい天気だね、食べすぎちゃダメだよ」
リルドが優しく声をかけると、大鼠はキュキュッと鳴いて鼻先を動かし、どこかへ走り去った。
そのままギルドに向かう道中、背中の剣が感心したように声を響かせる。
『大鼠ともお主は仲良くできるのだな。あれは意外と気難しい生き物なのだが』
「動物だもん。 ちゃんと挨拶すればわかってくれるよ」
『ほう、それはなかなかに面白い。やはりお主の魂は、万物に好かれる特別な波長を持っているようだな』
ギルドへ足を踏み入れると、今日は冒険者たちの間でやけにラブコメ小説の話題が飛び交っていた。
「昨日の最新話読んだか? ヒロインの告白シーンが最高でよ……!」
「あんなの現実にはねーよな!」
そんな喧騒を余所に掲示板を見つめるリルドに、剣がにやけながら問いかける。
『お主もラブコメ小説は読むのか? 主の初恋の話などあれば、この我に……』
「うーん? 興味ないな……。今日はこれにしよう」
リルドが剥がしたのは『クレイ(土人形)の製造』の依頼。
それを見たラッファードが、珍しく鑑定士のような口調で解説を始めた。
『ほう? 土塊か。それはクレイアイドルと呼ばれ、古の時代には術者の魔力を受けて自身を守ってくれるという特別な力を宿したアイテムなのだ。お主の魔力操作の訓練には丁度良かろう』
早速必要な材料を集めてクレイを作る。
街の外の良質な粘土に、魔力を通しやすい鉱物の粉を混ぜていく。リルドが集中して指先から魔力を流し込むと、ただの泥の塊がじんわりと温かくなり、不格好ながらも可愛らしい小さな人形の形に固まった。
「(視野拡大・魔力循環接続……。よし、これで自律して動けるはずだ)」
リルドが指を鳴らすと、クレイ人形はヨチヨチと歩き出し、肩のうさぎと仲良く追いかけっこを始めた。
『ふむ、なかなかの完成度だ。リルドよ、その繊細な指使い……やはりお主には……』
「(また変なこと言いそうだから無視しよ)」
無事に完成した数体の人形を連れて、ギルドに報告するために戻ってきた。
「ただいま、受付さん。クレイアイドル、納品しに来たよ」
「おかえりなさい! ……わあ、この子たち、なんて愛らしいんでしょう! 魔力の安定感も抜群ですね。これならすぐに買い手がつきますよ」
受付の女性がクレイの一体を指先で突くと、人形は嬉しそうにポーズをとった。
報酬の銀貨を受け取り、リルドはふっと肩の力を抜いた。
「さて、僕も今夜は、動き回るクレイ人形たちを眺めながら、ラッファードの『クレイにまつわる魔法の失敗談』でも聞きつつゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、泥から生まれた小さな仲間たちと共に、温かな魔力を帯びて更けていく。




