174話
静まり返った深夜、部屋の空気は冷え冷えとしていたけれど、ベッドの周りだけはどこか温かい。
少し前のやり取りを思い出す。
『なあ? リルド』
「ん? なに?」
『そろそろ我らも、さらなる進展を……』
「なんの?」
『それは……愛の深淵へと足を踏み入れる……』
かちゃっ。
言葉が終わるより早く、リルドの手が迷いなく剣の柄を掴んでいた。
『ま、待て! 冗談だ! 抜くな、抜いて投げるな!』
必死に制止するラッファードに、リルドは冷ややかな視線を送る。
「馬鹿なこと言ってないで早く寝るよ」
『……おう……』
そうして眠りについて数時間。
深夜、剣は鞘の中でわずかに魔力を震わせ、自律行動でリルドの枕元へと動き出した。
月明かりが窓から差し込み、眠るリルドの横顔を淡く照らしている。
『やはり……リルドは可愛い……』
ラッファードは、数千年の記憶の断片をまさぐるように、その寝顔をじっと見つめた。
『かつて愛した少女に似ている……。いや、これは単なる既視感だろうか?』
戦いに明け暮れた勇者時代、彼が唯一守り抜けなかった、あるいは守り抜いた後に見送ったはずの「誰か」。その面影が、いま目の前で整った寝息を立てる青年と重なって見えてしまう。
性別も時代も違うはずなのに、なぜこうも似ているのか。
ラッファードはそれ以上近づくことはせず、ただ愛おしそうに、守護者のような静けさでリルドの傍らに寄り添った。
『(お主が何者であれ……この温もりだけは、今度は我の手で守り抜いてみせよう)』
伝説の聖剣は、かつての英雄の心を取り戻したかのように、リルドが目を覚ますまでその安らかな眠りを見守り続けた。




