168話
部屋の灯りを落とし、僕は壁に立てかけた剣に向き直った。ずっと心に引っかかっていたことを確かめるために。
「あのさ……僕が男だって、ちゃんと知ってるよね?」
『それは知っている。……だが、可愛いことも知っているぞ。男だろうが何だろうが、美しいものは美しいのだ』
「ならどうして、僕がお風呂に入る瞬間を狙ったり……布団に入ろうとしたりするの? 相手が男なら、そんなこと普通しないでしょ?」
僕がジト目で問い詰めると、剣は一瞬沈黙し、それから震えるような声で言葉を濁した。
『……我にも、抗えぬ本能というものがあるのだ。主の、その……線の細い身体や、時折見せる……』
「(やっぱり確信犯だ……)」
僕はため息をつき、もう一つの核心に触れることにした。
「ねえ……ラッファードって、君の名前?」
『!!!……い、いや……ち……ちがっ! 我は名もなき聖剣で……ただの……』
明らかに動揺して、念話が激しく乱れている。
「やっぱそうなんだ」
『…………』
僕は立ち上がり、とある本を本棚から取り出して剣に見せた。
『…………あ』
それは紛れもなく、ギルドで流行っていたファンタジー小説『勇者ラッファード』。表紙には、今の剣の意匠とよく似た剣を携えた、凛々しい青年が描かれている。
それから二人は語り合った。
かつての栄光、共に戦った仲間たちのこと。そして、なぜ英雄と呼ばれた男が、今ではこんな「スケベな聖剣」に成り下がってしまったのか。
『……長く孤独だったのだ。誰も我を抜けず、誰も我の声を聞かず、ただ石の中で朽ちるのを待っていた。そんな時に、お主のような……温かくて、少しお節介な男に抜かれたのだ。……つい、浮かれてしまったのかもしれん』
寂しげなラッファードの声に、僕は少しだけ胸が痛くなった。
夜、リルドはベッドの端を開けて、そっと手招きをした。
「さあ、おいで」
『え?』
「今日くらいは一緒に寝てやるから。……ただし、変なことしたら本当に溶鉱炉行きだからね?」
僕は剣を抱え、一緒に眠ることにした。金属の冷たさは、僕の体温ですぐに和らいでいく。リルドの心音を聞きながら、剣は静かに、深く、眠りに落ちていった。
『(……ああ、温かい。血を浴びるよりも、魔力を吸うよりも……これもいいな)』
万年Fランク冒険者の日常は、伝説の勇者の孤独をそっと抱きしめて、かつてないほど穏やかな夜へと溶けていった。




