166話
翌朝、僕は少しばかり浮足立っていた。
ギルドで掲示板をみて『温泉の質の調査』を剥がし受付に持っていく。
山奥にある天然温泉の温度や魔力濃度を測る、僕にぴったりの平和な依頼だ。
「これをお願いします、受付さん」
「温泉調査ですね。リルドさん、湯冷めしないように気をつけてくださいね」
だが、背中の不届きな「魂」が黙っているはずもなかった。
『ほほう、本日はそれか……!! ということは、これは温泉に浸かるリルドを見れるというわけか!! こりゃたま……』
ばきっ!!
僕は無言で、背負い袋の上から剣の柄を拳で叩いた。
『痛いではないか! 主に対してなんたる仕打ち!』
温泉場所まで移動する。
「(内容はたしか間欠泉の調査だったね)」
資料を読み返しながら山道を登るが、剣はまだ殴られた事に腹を立て、道中ずっと文句を言っている。
『我は伝説の勇者の魂をだな、その辺の石ころとは格が違うのだぞ! もっと敬意を払え! それに主の裸体を確認するのは、主の健康を管理する剣としての義務で……』
「……はいはい、そうだね」
僕はうさぎと顔を見合わせ、深いため息をついた。
現場に着くと、僕は「視野拡大」で地脈の流れを読み、間欠泉の温度を計測する。湯気が立ち込める中、手際よくデータを採取して調査は完了。当然、公衆の面前でもないし、仕事中なので入浴などしない。
帰り道。期待していた「お色気シーン」が一切なかったことに、剣が絶叫した。
『温泉は!?』
「もう終わったでしょ? 調査は完了したよ」
『終わっとらん! 入ってないではないか! 温泉調査と言えば、主が入って「いい湯だな」と頬を染めるのが様式美だろうが!』
「入りません! 帰るよ!」
『納得いかん! 我を湯船に沈めても構わんから、せめて主の柔肌を……!』
「一生沈んでていいよ、それなら」
夕暮れ時、僕は不満げに小刻みに震える剣を無視して、ギルドに報告する。
「ただいま、受付さん。間欠泉の魔力濃度、異常なしだよ」
「おかえりなさい! お疲れ様です、リルドさん。……あら? その剣、なんだか『絶望』したようなオーラを放っていますが、何かありました?」
「……ただのわがままだから、気にしないで」
報酬を受け取り、僕は「温泉……露天風呂……」とうわ言を繰り返す剣を、家に着く前にさらに厚手の布でぐるぐる巻きにした。
「さて、僕も今夜は、一人で静かに足湯でも楽しみながら、温かいミルクでも飲んでゆっくり休もうかな」
万年Fランク冒険者の日常は、聖剣の欲望を華麗に切り捨てながら、湯上がりのようにさっぱりと更けていく。




