164話
家路につく道すがら、聖剣はまたしても余計な講釈を垂れ始めた。
『お主はまったく、風と火くらいしか魔術は解放しておらんのか? 我が勇者の時代には、七属性すべてを操るのが……』
「何が言いたいのさ!」
『……言葉を遮るな。我の導きがあれば、お主もさらなる高みへ――』
「はいはい、お散歩感覚でやってるから今のままで十分だよ」
こんな会話をしながら家路につく。背後でぶつぶつ文句を言う剣と、そのやり取りをBGMにウトウトしている肩のうさぎ。いつの間にか、これが僕の日常になってしまった。
家に着き、汗を流そうと準備を始める。
「うさぎさん……一緒にお風呂に入ろっか」
「ぴっぴ!」
その言葉に、立てかけてあった剣が激しく震えだした。
『な!? なんだと、風呂だと!? 我もだ! 我も一緒に入るぞ!』
「錆びるよ、きっと」
『いやだいやだ! 我も入るのだ! 主の背中を流すのは剣の役目……』
言い訳がましく騒ぐ剣に対し、僕はにっこりとしているが目は笑ってない表情でじりじりと詰め寄る。脂汗(冷や汗)を出す剣は、ついに本音を漏らした。
『……裸体を見たい』
「ふふふ……だろうね」
問答無用で、僕は予備の厚手の布で剣をぐるぐる巻きにした。もがく振動を無視して、棚の奥に押し込む。
「ふぅ……極楽だねぇ」
うさぎと風呂に入っていると、浴室に湯気が満ちていく。
だが、脱衣所から「ガタ……ガタッ……」と不穏な音が聞こえてきた。ゆっくりと剣は風呂の扉を空け、侵入しようとする。布の隙間から刀身を覗かせ、執念で這い寄ってきたのだ。
しかし、僕の「聴覚向上」は誤魔化せない。
ガッ!!
「えいっ」
湯船に浮かべていた風呂桶が真っ直ぐ飛んで、剣の柄にクリーンヒットする。
『ぐがあ!?』
「油断も隙もない……。お風呂でくらい、のんびりさせてよ」
床に転がった聖剣を放置して、僕はうさぎの頭を優しく洗ってあげた。
湯上がり、さっぱりした気分で寝室へ向かう。
結局、剣は「すまなかった……磨いてくれるだけでいいから……」と殊勝な態度を見せたので、部屋の隅に置くことだけは許してあげた。
夜、ベッドでうさぎと眠るリルドを、剣は暗闇の中からじっと眺めていた。
『(……やはりリルドは可愛い。寝返りを打つたびにはだける足のラインと言い、実に眼福……。次は必ず布団への潜入を成功させてみせるぞ……!)』
聖剣としての矜持はどこへ行ったのか。
万年Fランク冒険者の日常は、邪念に満ちた聖剣の視線を感じつつ(本人は熟睡)、静かに、けれど少しだけ危うく更けていく。




