16話
眩しい朝の光を浴びながら、リルドは自宅の小さな庭に立っていた。
昨日、拾ってきた石を並べて作った即席の花壇。そこに植えた名もなき野花たちに、じょうろでたっぷりと水をやる。
「みんな、今日も元気だね。夕方にはまた新しい石を持ってきてあげるからね」
花たちが喜んでいるような気がして、リルドは満足げに頷くと、いつものようにギルドへと向かった。
ギルドに到着したリルドは、慣れた手つきで掲示板の端っこから一枚の依頼札を剥がした。
「おはよう、受付さん。今日のはこれをお願いします」
差し出された依頼書を見て、受付嬢は手際よくスタンプを押す。
「おはよう、リルドさん。はい、『蓬』と『癒やし草』の採取ね。……はい、受理したわ。最近、この二つは傷薬の材料として需要が増えてるから助かるわ。気をつけてね」
「うん、いってきます」
リルドはニコニコと上機嫌で、軽い足取りでギルドを出た。
森の入り口付近、風がよく通る日向を歩きながら、彼は鼻歌まじりに薬草を摘んでいく。
一本一本、根を傷めないように丁寧に。彼の籠が緑の香りで満たされる頃には、ちょうど太陽が真上に昇っていた。
薬草の採取を終え、籠を背負って街への帰り道をのんびり歩いていると、道の真ん中で一人の男が立ち尽くしていた。
全身から放たれる圧倒的な覇気、磨き抜かれた大剣。それは、この街でも指折りのAランク冒険者だった。
彼は険しい表情で腕を組み、唸るように考え事をしている。
「……あの魔獣の移動経路からして、この付近に潜んでいるはずだが。どこだ……どこに気配を隠している……」
普通なら、Fランクの冒険者はその威圧感に震え上がるか、あるいは憧れの眼差しで立ち止まるところだ。
しかし、リルドは「あ、お仕事中かな? 邪魔しちゃ悪いな」と、完璧なスルースキルを発揮して、存在感を消したままその横を通り過ぎようとした。
ところが、道端の生垣の影に、一匹の「槍もぐら」が隠れているのが目に入った。
鋭い鼻先を槍のように突き出した小動物のような魔獣だ。怯えたように震えながら、Aランク冒険者の様子を伺っている。
リルドは足を止め、槍もぐらの目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「君、そんなところで震えてると見つかっちゃうよ。この先に、すごく怖い顔をした強い人がいるから、今のうちに反対側に逃げておきな」
リルドが優しく頭を撫でてやると、槍もぐらはハッとしたようにリルドを見上げ、何度もコクコクと頷いた。そして、音もなく地面に潜り、一目散に逃げていった。
「よしよし、いい子だね」
リルドは立ち上がり、考え事に没頭して全く気づいていないAランク冒険者を背に、再び歩き出した。
夕暮れ時、ギルドの窓口。
「はい、依頼の薬草だよ」
「お疲れ様、リルドさん。今日も早い完成ね」
報酬の銅貨を受け取ったリルドは、帰り道に市場で一番立派なジャガイモを買った。
「今日はこれで、温かい蒸し芋を作ろう。あ、そうだ。花壇の横に置くための、平らな石も探さなきゃな」
世界を揺るがすAランク冒険者の苦悩も、森の魔獣の騒ぎも、リルドにとっては「夕飯のおかず」の重要性には到底及ばない。
万年Fランクの、のほほんとした一日は、今日も穏やかに更けていく。




